明るい日差しを感じて、俺はゆっくりと重たい瞼をこじ開けた。
うう……頭が重たい。
例えて言うならば、風邪を引いた時のような。チクチクと刺すような痛みがあるのに、その原因をどうしてだか思い出すことが出来ない。
いや、昨晩確かに『何か』はあったはずだ。その『何か』はすぐそこまでせり上がってきているのに、肝心なところでどうしても出てこない。モヤモヤした気持ちが苛立ちに反転する頃、俺は起した体の上から滑る毛布を見つけて、この場所が宿の一室であることに気が付いた。
……そうだ。俺は……いや、俺たちはこの宿に泊まることにしたんだった。
そして……そうだ。そうだった。昨晩、珍しくローエンとアルヴィン、ミラ、ミュゼ、それからガイアスの成人組で酒でも飲もうかという話になったんだ。
メンツ的に羽目を外すような感じでもなかったし、実際最初は落ち着いて呑んでいたはずだった。それがどうして頭痛……つまり二日酔いになるほど、呑んだくれる羽目になったんだ?
チクチクと痛む頭が思考をまとまらせてくれない。
胃の中はとっくの昔にカラッポになっているらしい。こういう時こそ何か口にしておかないと後が辛いのは経験上理解している。せめて、吐き気がないことだけが不幸中の幸いか。
「ルドガー!」
ばたん、と大きな音を立てて部屋の扉が開かれた。
そう思った次の瞬間には、栗色の髪の毛を揺らして幼い少女――――エルが部屋へと駆けこんでくる。
「エル、ごめん。今は大声出さないでくれ……」
「あっ、そっか!ごめんね、ルドガー」
「悪いけど、昨晩呑み過ぎたみたいなんだ」
「うん。そうだと思ってお水を持ってきたんだよ!」
パパも時々そういうことあったもん。そう言った小さな手のひらには、並々と水で満たされたグラスがある。
思わず天を仰ぎそうになりながら、差し出されたグラスを一気に煽った。乾ききった喉に朝一番の水分は簡単に吸い込まれていって、ものの5秒もしない内にグラスの中身はからっぽになる。
「ありがとな、エル。大分楽になったよ」
「これくらい別にフツーのことだしっ」
ほんのりと紅く染まった頬を隠す様にそっぽを向いたエルの言葉に思わず笑みが零れる。素直じゃないんだからなあ。そう内心思うことすら、最近では心地いい。
「アルヴィンもミュゼも頭痛いって言ってたから、さっき水持っていってあげたんだよ」
「……そうか。優しいな、エルは」
「だからフツーなんだってば!」
「はいはい」
「もー」
頭痛いということは、アルヴィンもミュゼも二日酔い組か。
あー……段々、昨日のことを思い出してきたぞ。
「大体、呑み過ぎは体に良くないんだよっ!サケとオンナはほどほどにってパパが言ってたもん」
パパはなんてことを娘に教えてるんだ……!!と喉元までせり上がってきた突っ込みは、無理矢理に飲み込んだ。二日酔いの最中に絶叫すれば、トイレに駆け込む一択に絞り込まれるのは目に見えている。
ともかく、アルヴィンとミュゼはダウンしていることは分かった。
言われてみれば、昨晩の二人はグラスを片手に随分と楽しそうにしていたような気がする。元々微妙な空気感を持っていたはずの二人は、アルコールが入ると何故か意気投合して、俺に酒を押し付け合ってきたんだ。俺(私)の酒が呑めんのかーって。……完全に呑んだくれのおっさん状態だったな。
「ルドガー?」
「なあ、エル。他のみんなはどうなんだ?」
「ローエンはいつも通りだったよ」
確かにローエンなら、次の日苦しむような無茶な呑み方はしないだろう。
……待てよ。二人が崩れる前に、色々やり取りがあった様な気がする。ローエンに、何か……?
「……ガイアスとミラは?」
ローエンだけじゃない。あの席には確かガイアスとミラもいたはずだ。
そこまで喋ってから、唐突に身震いを起こした自分に気が付く。……あ、マズイ。やっぱり思い出すのはやめておいた方がよかったかもしれない。
「ルドガー!?大丈夫?」
思わず頭を抱えてうめき声を上げた俺を、頭が痛むと勘違いしたエルが心配そうに覗き込む。
大丈夫だと笑ってやりたかったのだけど、そうもいかない。取り戻しつつある記憶の中で、封印しておきたかった出来ごとを思い出してしまった俺は、引きつった口元で出来そこないの笑顔を浮かべることしかできなかった。
「……ムリしたらだめだよ。お水もう一杯持ってくるから、ルドガーはじっとしてて!」
ぱたぱたと軽い足音が遠のいてゆく。
何も知らずに気遣いをしてくれるエルに良心が痛む。けれど、それ以上に昨晩のインパクトがありすぎた。ていうかどう考えても呑み過ぎた。
……そう。全てはガイアスが仕入れてきた酒席の遊びが原因だった。

               * * *

「そう言えばなかなかに興味深い座敷遊びとやらを聞いたぞ」
程良く酒で体が温まってきた頃――――まだアルヴィンとミュゼが俺に絡み始める前、ガイアスはふと思い出したようにそう言ったのが全ての始まりだった。
「座敷遊びですか?」
「ああ。エレンピオスでも酒の製造が盛んな土地で残っている遊びだそうなのだが。呑み仲間から教わったのだ」
「へぇ、気になるわね」
「ガイア……アーストから座敷遊びなんて言葉が出るなんてな。どんな遊びなんだ?」
リーゼ・マクシアの王の名を、一介の遊び人の呼び名に言い換えてアルヴィンが訊ねる。
座敷遊びとは無縁そうに見える、自称遊び人の提案はそれぞれに関心を惹いたようだ。実際俺だって、まだこの時は事の深刻さを正しく理解していなかった。
促されるままにガイアスが小ぶりなコマと杯をポケットから取りだす。どうしてポケットの中に入っていたのかと言う突っ込みは、この場にいる誰も行わなかった。多分、相手が相手だったからなのだと思う。
「使うのはこのコマと杯だ」
「なぁに、これ?」
「ふむ……杯が人の顔になっていて、コマには杯と同じ絵柄が描かれているな」
「コマもちょっと変な形じゃない?一面だけ先っぽが飛び出しているわ」
ミュゼミラの姉妹が机の上に置かれたものを覗き込んで、それぞれの感想を漏らした。
「こりゃあ、ひょっとこ、おかめ、天狗か?」
驚いたようにその絵柄の杯を持ち上げたのはアルヴィンだった。何やら知識を持っていそうなアルヴィンにすかさずローエンが質問を投げる。
「ひょっとこ、おかめ、天狗とは何ですか?」
「いや、俺も昔聞いたことがあるくらいなんだけどさ。確か……おとぎ話に出てくる生き物だったはずだぜ」
「俺は聞いたことないなぁ」
「……ホント、昔話だからあてにしないでくれよ。随分昔に母さんに読んでもらった本で見たんだ」
「へぇ」
「ともかく、だ」
机の上に並べられたそれぞれの杯とコマを見下ろしてガイアスは言う。
「この座敷遊びとは『べく杯』というらしい。『べく杯』ではコマを回し、先が尖っている部分が指した位置に座っている人が、コマに描かれた杯を飲み干す。そういう遊びだそうだ」
「この人面杯を?」
「人面杯言うなよミュゼ」
茶化す様に入った横やりに、アルヴィンが嫌そうに顔をしかめる。
確かに人面杯というネーミングはちょっと嫌だ。これからこれで遊ぼうとしているのだから、なおさらに。
「面白そうじゃないか。せっかく実物もあるのだ。やってみればいいだろう」
わくわくと顔を輝かせて杯を覗き込んだのは、案の定というかミラだった。人の文化や生活に関心を持つ精霊の主は、机の上に並べられた杯に手を伸ばす。
私はこの杯が気に入ったぞ。そう言って持ち上げたのは真っ赤な顔にやたらと伸びた鼻を持つ『天狗』の杯だった。
「私はご遠慮しておきましょう。座敷遊びで興に乗るには、いささか年を重ねすぎました」
ジジイは無茶ができんのですよ。と笑って一歩引いたローエンの判断は、流石だったと今にして思う。まだ座敷遊びとやらの恐ろしさを知らなかった俺は、この時は楽しそうだという認識しかなかったのだから。
「それじゃあ、やってみましょうか」
にっこりと人面杯を持ち上げて、ミュゼが笑う。
そうしてその日――――酒を呑んだら呑まれてしまった饗宴が幕を開けることになった。



歌に合わせて、コマを回す。
コマが指した人が、描かれた絵柄の杯を呑む。このルールがまずは絶対だという。
そしてこの座敷遊びの真に恐ろしいところは、杯の形にあった。
『おかめ』は一番小さく、まだ普通の杯の形をしているので自分のペースで呑むことが出来る。
『ひょっとこ』の杯は口の部分に穴が空いている。注がれた酒を零さないようにするには、口の部分を手で押さえなければならない。そのため、必然的に呑み方は一気飲みとなってしまう。
『天狗』の杯。実はこれが一番凶悪だった。赤顔の長っぱなのくせに――――…その長っぱなのせいで杯が不安定になってしまい、注がれると机の上に置くことができない。置くと全て零れてしまうからだ。つまりはこれも、『ひょっとこ』と同じように一気呑みしなければ杯を置くことが出来ないのだが、鼻が長いために酒の全体量が他のものよりも何倍も増えるのが問題だった。つまり大量の酒を一気に煽らなければならないという、とんでもない杯だったのだ。
コマが指した人は呑まなければならない。この絶対のルールに従って始まった座敷遊びは、ものの一時間も経たない内に一行を呑んだくれ集団に変えてしまったわけだった。



「うふふ〜〜〜、ルドガァ〜〜〜」
絡みつくような甘ったるい声を出しながら、ミュゼがとろんとした目つきで笑う。
「あなたをコマが指したわ。ちゃーんと注いであげるからぁ、ぜーんぶ呑んでねえぇ〜〜〜〜」
そうして差し出された杯の形は……見間違える筈がない。何度見なおしても、まごうことなき天狗の形をしている。
……いや、いやいやいやいや!
マズイって。流石にこれを呑み干したら死ぬ。絶対ヤバイ。
これって焼酎だろ?アルコール度数結構あったはずだぜ。
ニヤニヤと杯を突き出したミュゼは、嫌な笑顔を浮かべたまま杯を突き出している。
畜生。自分が当たってないからって余裕こいてやがるな。
――――ローエン。
救いを求める子羊の眼差しを全力で送ってみる。
……駄目だ。窓の向こう見やがった!我関せずを決め込んでやがる!
――――ガイアス。
却下!
出された酒が焼酎って段階でアウトだった。
なんかいい感じに出来あがってるし。あれはまともな判断を下せる状況じゃない。ついでにさっきから天然ボケを垂れ流してるけど、突っ込みが追いついてないぞ。
――――ミラ。
おかめが当たったのに、最初の一杯でグズグズになったのは意外っちゃ意外だったな。
てっきり酒豪タイプかと思っていたんだけどな。
ていうかこの人、誰か介助が必要だ。助けを求めてる場合じゃない。
「ルッドガーくんの、格好いいとこ見てみたいナ♪」
「ハァイ!ル・ド・ガー!ル・ド・ガー!」
やめて!誰か助けて!
語尾にハートマークをつけんばかりのテンションでアルヴィンはコールをするし、ミュゼはミュゼで妙に目が据わってて怖い!
パンパンと手拍子を取りながら店内に響き渡るルドガーコールに、思わず全力で逃走したくなる。
戦闘で鍛えあげた走力なら逃げ切れるかもしれない。一瞬そう考えたものの、酒が入ってるので難しいだろう。というよりも、ミュゼ辺りに拘束でもされたらどんな目にあうか考えるだけでも恐ろしい。
「ほらほらぁ」
ぐいぐいと酒の入った杯を突きつけられる。
もはやミュゼの目は笑ってすらいない。あれは拒否したらヤる気の目だ。
俺も……覚悟を決めないといけないかもしれない。
ええい、男なら決める時は決めてやる!
「おおっ!?」
アルヴィンが驚いたように目を丸くする。
ミュゼから掻っ攫うようにして受け取った杯を、勢いよく呑み干して――――…
「へへっ……どんな…もんだゃい!」
瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。
そしてそこから先のことは………うん、もう思い出さなくていいです。
色々と恥ずかしいことをしてしまったとだけ、ここには記しておこう。

               * * *

「…………死にたい」
昨晩の痴態を思い出して、思わず泣きそうになる。
こんな思いをするくらいなら、いっそ忘れてしまっていたかった。なんで覚えているんだよ、俺。
ミュゼとアルヴィンはそのまま酒を注ぎ合うわ、息を吐くようにとんでもない嘘を吐くわ、なぜかガイアスがそれに乗るわ、ミラはぐらぐら頭を揺らしながらボケに乗るわで、事態は完全に収拾がつかなくなっていたはずだ。
大体いつからエレンピオスのトイレからアップルグミが沸きだす様になったんだ。そしてトイレットペーパーの起源は学者が記す歴史書になってしまったんだ。
ぐるぐると回る世界のなかで目まぐるしく応酬されるボケ合戦についていけなくなった俺の記憶は、途中でぶつりと切れている。
推測だが、結局ローエンあたりがあの場を諌めたのだろう。……知らん顔したちゃっかりタヌキジイさんだが、そういうところは分かっている人だから。
途切れがちの記憶の中で、指示を出すローエンとミラを背負ったジュードの後ろ姿を見たような気もする。なんか、色々悪かったな。
ローエンはともかくとして、飲み会に参加していなかったジュードにその後の介抱諸々世話になっただろうことが簡単に推測出来て、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「……っし!」
何か食べるものでも作ろう。痛む頭で、それでも思ったことは料理だった。
昨晩徹底的に痛めつけた胃でも、受け付けられるようなもの。塩見があって、体を回復させることが出来そうなもの。
昨日は本当にトンデモない馬鹿騒ぎで大変だったけど、ジュードには世話になったし。
なんだかんだで、ローエンには助けてもらったしな。
それに……今頃二日酔いで苦しんでいるだろう奴らも、何か食べることによって少しマシになるかもしれない。飲み会に参加でいなかった未成年組へのサービスっていうのもある。
「……つつつ」
さっそく立ち上がろうとしたら、頭の奥から痛みが思い出したかのように主張してくる。
……あんまり無理は出来そうにないな。
「ルドガー!無理しちゃ駄目だよ!」
ぱたぱたと軽い足音がしたと思った次の瞬間には、慌てたように水差しを持ったエルが駆け寄ってくる。
「サンキュ。持ってきてくれたんだな」
「それはいいの!それよりルドガー、頭痛いんだからじっとしておかないと」
「なんかじっとしてられなくてな。リゾットでも作ろうと思って」
「……頭痛いのに?」
「そんな時こそ、ちょっとでも食べておいた方がいいんだよ」
「でも、ルドガー……」
むうう、とエルが難しそうな顔で見上げている。
エルのそういうところは、分かりやすくて可愛らしいなと思う。俺の体調の心配と、食べることによって回復させることのどちらを優先したらいいのか悩んでいるのだろう。
「だったら、エルも料理手伝ってくれよ」
「え?」
「俺の隣で監視してくれてたら、いざって時助けて貰えるかなー…なんて」
ぱちくりと驚いたように瞳を瞬かせたエルと視線が合う。
意識をして唇を持ち上げれば、ほんの少し逡巡した後、エルは小さく息を吐いた。
「……どうしてもって言うんだったら手伝ってあげてもいいよ」
「どうしても」
「仕方ないなぁ、ルドガーは」
「仕方がないんだ。頼りない相棒を助けてやってくれよ」
「うん。これもアイボーの務めだからね!」
笑って見下ろせば、ぴかぴかした笑顔のエルがそこにいた。
思わず緩みそうになった頬を、なんとか引き延ばして立ち上がる。まずは宿の人にキッチンを借りれないか頼んでみないと。
「トマトはなし、ね」
「はいはい」
リゾットの定番なんだけどなぁ、という言葉は水と一緒に飲み込んだ。
せっかくエルも手伝ってくれるんだ。今回は好き嫌い云々抜きでやってあげないとな。



作ることにしたのは、ほうれん草を使った和風のリゾットだ。
ほうれん草は適当にざく切りにして、玉ねぎは少し大きめにみじん切り。じゃがいもは厚みを残して角切りに。それぞれ食感を楽しめるように丁寧に包丁で刻んでゆく。
じゃがいもの皮はエルが剥いてくれた。
案外几帳面なエルは、皮を全部綺麗に剥ききってくれた。置いてあったジャガイモはどれも日が新しいものだったので、そのまま使っても問題なさそうだ。
水に晒してアク抜きをしている間に、さっとフライパンにごま油を流し込む。
ごまのいい香りがキッチンに漂い始めたら、玉ねぎをフライパンに落として、飴色になるほんの少し手前まで炒めてゆく。
「いい匂い〜」
すんすんと鼻を鳴らしてエルがフライパンの中を覗き込む。
身長が足りないエルには専用の踏み台を貸してもらった。おかげさまで、拙いながらもきちんとエルは手伝いをこなしてくれた。こういうところは本当にエルはしっかりしている。
すっかり温められたフライパンの中に米を入れて炒めてゆく。
じゅわっといい音が立つ音を聞きながら、エルは楽しそうに鼻歌を歌った。思わず釣られて歌いながら、その聞き慣れたメロディーにユリウスのことを思い出す。
証の歌。
ユリウスは今頃何をしているのだろう。
「ルドガー」
「ん?どうした?」
「眉間にシワ。何か難しいこと考えてる?」
……こういうところ、本当に鋭い。
「大したことじゃないよ。気にするな」
くしゃくしゃっと頭を撫でれば、エルは必至で手のひらを押し返そうと抵抗する。
「エルとルドガーは対等なアイボーなんだから!こーいうのはなしなのっ!」
「はいはい」
「分かってない〜〜っ!!」
振り回される短い手は、残念ながら俺の腹のあたりまでしか届かない。
その事実に悔しそうに顔をゆがませたエルは、丸いほっぺたをさらに丸く膨らませて俺を見上げてきた。……流石に苛めすぎたかもしれない。
「あ、火が通ってきたぞ。水と醤油を入れないと」
「えっ!?えっとお水は……」
「そっち。エルが近いから取って」
「うん!お醤油は……」
「醤油はこっちにある。後でじゃがいもとほうれん草も入れてしまうぞ」
「りょーかい!」
良かった。どうやらエルの意識は料理の方に向かってくれたらしい。
ほっと胸をなでおろした丁度その頃に、キッチンの扉の向こう側から見慣れた黒髪が現れた。
「ルドガー?」
「ん?……ああ、ジュード?」
「様子を見に行ったら部屋にいなかったから探していたんだ。こんなところで……って料理?」
「エルも手伝ったんだよ!」
えへん、と胸を張ってエルがジュードの前に立つ。
その微笑ましい姿にジュードも思わず頬を緩ませて、それから俺の方へ視線を移した。
「昨日は随分呑んでいたみたいだったけど……大丈夫なの?」
「あー…まあな。じっとしてるより何か腹に入れた方が具合も良くなりそうだと思って」
「そっか。ああ、それでリゾット?」
「あっさり和風にしてみた。ジュードたちの分もあるぞ」
「僕たちのも?」
「そう!皆で食べたらいいってルドガーが」
「わあ、ありがとう。ルドガー」
具合が悪いのにごめんね。そう気遣うジュードに笑って返事を返す。
なんだかんだで、俺は料理が好きだから。
結局のところ、俺の行動の原点はそこなのだろう。
「ミラ、随分具合悪そうだから……。何かお腹に入れるものでも作って上げられないかなと思ってきたんだけど」
ルドガーとエルの気遣いは流石だね。
そう褒められて悪い気はしない。ジュードの言葉に思わず鼻の頭をかいて今回の功労者に目をやれば、エルもまた嬉しそうに俺を見上げる。
「もうすぐ出来上がるから、ジュードは座って待ってていいよ!」
一丁前な料理人みたいなことを言って、えへんと胸を張るエルの姿に思わず笑顔が零れる。
米が炊けるいい匂いがキッチンに充満し始める頃には、頭の痛みよりもむしろ、穏やかな時間への心地よさの方が勝ってた。
「おお、いい匂いがすると思ったら」
「リゾットか?うまそうだな」
ローエンとガイアスの主従コンビも現れる。
案の定、二人は昨晩随分呑んでいたはずなのに元気そうだ。
「う〜〜頭いた……」
「……呑み過ぎたぜ」
「おっはよー!みんな!」
「レイア、大きな声出さないで……」
「おはよー!ティポだよー!!」
「……もっとやかましいのが来やがった……」
ぞろぞろと見慣れた顔触れが集まってくる。
特に声をかけたはずでもないのに、食べ物の匂いに誘われて集まってきたのはいつも通りと言うか何と言うか。
「ほらほらみんな!ちゃんと座って待っててよ!」
俄然やる気になって仕切り始めたエルに視線を向ければ、同じ色の瞳が俺の方へ向けられる。
「ルドガー!」
「分かってるよ」
今日の料理人は俺とエルの二人だもんな。
思わずくすりと笑って、腕まくりをする。――――リゾットはいい塩梅に出来あがりつつある。
さあ、俺たちの作った朝ごはんで皆に舌鼓を打ってもらおう。
きっとすぐ傍にある未来に、俺とエルは二人で顔を見合わせて笑った。





12.11.25執筆