2017.05.30 執筆
2017.03.03 公開

Sweet

 セックスをしてみませんか?
 そう9Sから提案を受けて、わざわざ専用の義体まで用意して行為を行ってからというもの、どうにも調子がおかしい。
 太腿を擦り合わせて、浅く息を吐く。とうに義体はいつものヨルハのものに戻っているはずなのに、お腹の奥がじくじくとする感覚は、変わらず消えることがない。……こんなこと、今までなかったのに。いつになく熱のこもった溜息を吐いて、私は項垂れた。
 レジスタンスキャンプに宛がわれた、ヨルハ専用の個室。とは言っても、もっぱらここを利用するのは9Sと私の二人になっている。ごくごくたまにA2が立ち寄るくらいか。ともかく、この部屋の正式な利用主の一人、9Sは現在、依頼を受けて水没都市まで出かけたままになっていた。ハッキングが得意なメンバーで、調査を行うらしい。付いてきてもやることがないということで、自身のメンテナンスを行いつつ待機……しているはずだったけれど、メンテナンスはとうの昔に終わってしまった。
 珍しく、何もすることのない手持無沙汰な時間。そんなものを与えられてしまうと、否が応でも身体の不調を感じてしまう。やっぱり、私はあの日からどこか調子がおかしい。原因にはなんとなく心当たりがあった。――私は、物足りなさを覚えてしまったのだ。
 専用の義体を使って、行為を行ったあの日。それは……その、ちょっと言葉にすることが憚られるほどすごかった。多分、ジャッカスが用意してきた義体の感度が良かったというのもあるのだと思う。とにかく、自分でも信じられないほど、その日は乱れに乱れた。渡した脳波データを見たジャッカスも目を丸くしていたので、恐らく彼女も想像以上の数値が出ていたのだろう。「相性抜群だね!」と満面の笑顔で親指を立てられて、9Sがつやつやした顔で頷いたことを思い出す。
 きゅん、と胸の奥が疼くことを理解した。つられて連想してしまったのだ。バイザー越しではなくて、お互いの瞳が見える至近距離。すぐ近くに熱っぽい眼差しの9Sの瞳がある。少年の姿を象っているのに、やけに艶っぽい。
「2B」
 囁くような甘い声が、耳の中を犯していく。息を吹きかけられて、優しく耳を甘噛みされる。たまらなくなって9Sの背中に手を回した。彼はその華奢な指先で、私の体に触れていく。9Sが触れると、まるで電流が流れるみたいに、私の体は過敏に跳ねた。
 こくん、と喉が鳴ったことを理解した。咄嗟に太股をこすり合わせる。試しに、触れてみたらどうだろうか。以前の行為を思い出しながら、恐る恐るスカートの下に指を差し込んでみる。9Sがどうやって触れてくれたのか。9Sがどんな風に囁いてくれたのか。指先が、普段は隠されている場所に触れた。
「――――」
 私は緩くかぶりを振った。……違う、こんなものは、全然違う。求めていた刺激には到底たどり着かない感覚に、思わず落胆のため息が零れた。
 あの時は、己の吐く息でさえ甘ったるく感じた。9Sの指先がそこに触れた瞬間、声を抑えることなんてできなくて。目尻に涙を浮かべて、喉をのけぞらせることしかできなかったのだ。
 私は衣服の乱れを整えると、意を決して立ち上がった。9Sは当分帰ってこないはずだ。時間もまだ、十分にある。甘美な記憶を慰めるには、一人きりの部屋は寂しすぎた。
「……ジャッカスも、好きに使っていいと言っていた」
 言い訳のように、ぽつりと一人零す。思ったより部屋に響いた自分の声に、少しだけ驚く。いつもなら「どうしたんです、2B?」と、甘えるような眼差しをくれる9Sは、ここにいない。そう思うとたまらなくなって、私はドアノブを握った。
 目指す場所は、都市廃墟の一角。――例の義体を安置している場所だった。

   * * *

「旦那さんが帰りましたよ、とぅーびー♡ 寂しくありませんでしたか……って、あれ?」
 軽快に開け放った扉の先は、予想に反して薄暗かった。本来この場所には、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。そんな言葉がぴったりな僕のお嫁さん――2Bがいるはずだった。そうだというのに、薄暗い室内には2Bどころか人気の欠片もない。
「帰ってくるのが早かったね」
「2Bのために頑張りました♡」
 っていうやりとりをするために、せっかく早く帰ってきたのに! ぷんすこ頬を膨らませて、僕は背後を振り返った。待機していたポッド153が、すかさず声を上げる。
『ヨルハ機体二号B型のブラックボックス信号を探知。マップに現在位置をマーク』
「……これは廃墟都市? あれ、この場所は……?」
 マップに示された2Bの反応を示すマーカーに僕は思わず首を捻った。その場所は、僕の記憶に間違いがなければ、先日ジャッカスから義体を借りた場所だったからだ。端的に言うと、2Bとセックスした場所だ。……一体、何だってそんな場所に2Bが?
 最適解を導き出せずに思案する。
「相性抜群だね!」
 晴れやかな笑顔で親指を立てた、義体の提供主の姿が思い浮かんだ。そう言えば、彼女はセックスの実地データを欲しがっていた。前回は脳波データで妥協してくれたものの、受け取ったデータを見た彼女の反応から察するに、恐らくあれ以上のデータが欲しいのが本音といったところだろう。……部屋の中にいる2B。データを欲しがるジャッカス。その二つを結びつけた途端、もう嫌な予感しかしなかった。
「は、早まらないでください、2B!」
 咄嗟に零れた声は、自分でも驚く程に震えていた。実験には、当然相手が必要だ。もしも。……もしも、ジャッカスが、2Bに違う相性を持つ相手との行為を実験データ欲しさに強要なんてしていたら。
「殺すだけじゃ足りないかもしれない」
 念の為に、武器の切れ味だけは確認しておく。相手は爆弾使い(ボマー)だ。ヨルハ機体に比べれば戦闘行為において劣るものの、油断できない相手であることには違いない。
「……待っていてください、2B」
 レジスタンスキャンプを最大出力で駆け抜ける。通り過ぎる僕の傍で、あちこちから悲鳴が聞こえたけれど、今はそんなことに構ってはいられなかった。なにせ、僕のお嫁さんの貞操の危機なのだ。ああ、2B。2B。望まぬ相手に無理矢理だなんて、そんなこと! 口車に乗せられちゃ駄目です。2Bは、僕だけ知っていればいいんです。あれだけじゃ満足できませんでしたか? 違うんです、2Bが良すぎて我慢できなかったわけじゃないんです! 早漏じゃないんですってば! 次はもっと2Bに気持ち良くなって貰えるように頑張りますから、そんな――…暴走する思考回路が、現実と妄想の区切りを曖昧にし始めた頃、ようやく目的のビルへと僕は到着した。
 深呼吸をする。周囲の物音はない。作戦行動は慎重に実行しなければならない。初手をしくじれば、相手はどう動くか分からないからだ。次に、室内の物音を探る。目を閉じ、耳を澄ませる。微かな呼吸。喘ぐような浅い呼吸が聞こえる。
「……ス」
 鼻のかかった、甘やかな2Bの声。その声が耳殻に滑り込んだ時、ぐらりと視界が傾いだ。どうやって突入すべきか計算していたはずなのに、それが一気に崩れ去る。我を忘れて、僕は部屋の中に雪崩込んでいた。
「……9S?」
 部屋の中には2B一人が、ベッドの上に佇んでいた。呆気にとられた表情の彼女が、焦点を僕の顔に結ぶ。
「2B?」
 対する僕の唇から零れた声も、随分と間抜けなものになった。
 確かに2Bは性行為用の義体を使用していた。ただし、相手はいない。強いて言うならば、彼女は瓜を持っていたということくらいか。……問題は、その瓜の使用用途だった。
「何、やってるんですか?」

   * * *

「何、やってるんですか?」
 なんの前触れもなく部屋に侵入してきたのは、あろうことかまさに思い描いていた9Sその人だった。私は呆気にとられて彼を見上げた。彼もまた、目を丸くして私を見ている。お互いの視線が交わってからたっぷり五秒ほど経過したあたりで、一気に心拍数が上昇したことを理解した。――見られてしまった。それも、9Sに。こんな。
 たまらなくなって私はベッドのシーツを引き上げて、自身の義体を覆った。服はあらかじめ取り払ってしまっている。今更隠そうが、後の祭りであることに違いはなかったけれど、自分のしでかした行為のバツの悪さに、そんな行動を取らざるを得なかった。
 すうっと目の前の9Sの目が細くなる。
「ねえ、2B。僕にも分かるように、今、何してたのか教えてくれる……?」
 口元に薄らと笑みを浮かべた9Sが、薄暗い部屋の中を一歩ずつ歩いてくる。私は咄嗟にベッドの上で後ずさりした。けれど、元々壁際にあったベッドに退却エリアなんてほとんど存在しない。私はあっという間に壁際に追い詰められてしまった。9Sがベッドに膝小僧を乗せる。ぎしっとベッドが軋む音がやけに大きく響き渡った。
「これは……その……っ」
「ね。その瓜で何をしてたのか、ちゃんと欲しいなあ」
 ベッドの上に転がる手頃な長さの瓜を持ち上げて、9Sがにじり寄る。二人の距離は、もうほとんどない。9Sの唇が、わざとらしく耳に触れる。生暖かい息が吹きかかると、全身がぞわぞわと粟立った。なんだか泣きそうになって、私は観念した声を上げた。
「ごめんなさい、9S。この間のことが忘れられなくて、それで……」
「それで?」
「どうしても触れたくて」
「うん、どこを?」
「……言わなきゃ、だめ?」
「はい。僕、馬鹿だから言ってくれないと分からないんです」
 せめてもの抵抗は、満面の笑顔の9Sに封殺されてしまった。頭の回転が早いスキャナー型の9Sが分からないはずがない。そうだと言うのに、彼は私の口から聞きたいのだと言う。なんて意地悪なんだろう。
 元より、彼に無断で一人、行為をしてしまったのは私だ。別に禁じられていたものではなかったとは言え、二人で始めたことを勝手にしてしまって、9Sは怒っているのだろう。
 懇願するように9Sを見上げてみても、笑顔の9Sの表情は揺るがない。私は震える唇をなんとかこじ開けた。
「瓜は……途中で入手した。来る途中で、ちょうどいい大きさだと、思ったから……」
「持ってきたのも2Bなんですね。それを、どこに使ってたんですっけ?」
「あの日、9Sが……挿れてくれた、ところに……」
「ふーん」
 生暖かい9Sの舌が、耳の中に侵入してきた。くちゅり、と卑猥な音が耳の中にダイレクトに響き渡る。私は咄嗟に身を捻った。まるでそれを待っていたかのように、シーツの隙間から9Sの指先が侵入してくる。9Sの繊細な指が、すでに張り詰めた胸の先端を摘まみ上げた。
「あっ」
 零れた声は、自分でも驚く程甲高かった。
「僕の代わりに挿れたんだ。ねえ、2B、気持ちよかった?」
 きゅ、きゅ、と胸の先端を輪を描くように摘み上げられれば、すでに感度の高まったそこ場所から痺れるような快感が背中を抜けていく。思わず弓なりになった私の耳に囁きかける9Sの声も、いつもより甘く、低く、響く。9Sの片手が瓜を弄んだ。
「こんなもので、満足できるんだ」
 そうして再び視線を私に戻した9Sの瞳には、いつもとは違う怪しい光を宿していた。
「ねえ、見せてよ」
「な、9S……?」
「2Bがそれを挿れてるとこ。どんな風に2Bがヤってるのか、僕、見たいなあ」
「……それは」
「できないわけないよね?」
 耳元で、9Sが意地悪く囁く。
「だって、さっきまでしてたもんね?」
 こんなに意地悪なことを言っているのに、どうして拒むことができないのだろう。なんだか泣きたくなってしまう。
「……分かった」
 観念して、私は9Sから差し出された瓜を手にとった。ここに来る途中に見かけて、この間の9Sのアレと同じくらいの大きさだな、と思ったものだった。それを咄嗟に手にとったのは、本当に偶然だったのだ。でも、実際に使ってみると、9Sのとは全然違っていて。
 震える両の手のひらが瓜を握り締めた。9Sは少し身を引いて、真正面から私のことを見ている。そんな彼を見つめ返すことができなくて、私は瓜になるだけ意識を集中させた。閉じた脚を開く。元より自身でほぐしていたけれど、先ほどの9Sの愛撫ですっかりとろとろに蕩けている。
 瓜の先端が、体内に沈んだことが分かった。9Sは、ただ見ているだけだ。続きを、と促す視線に、私は瞼をぎゅっと閉じる。――こんなことなら、恥ずかしがらずに9Sにちゃんと言えば良かった。君とのセックスが忘れられなかったって、そう言えば9Sはまたきっとしてくれたはずなのに。
 瓜が体の中を進んでゆく。せめて、望んでいるのは快楽だけじゃなくて、9Sの熱であることを伝えよう。あの日、私の中に楔のように突き立てられた彼の熱を思い出す。
「9S……」
 自然と、彼の名前が唇から零れた。
 やっぱり違う。こんな、血の通わない冷たい瓜じゃ、到底彼と同じになれない。それを理解しながらも、私は必死で彼だと思い込むことにした。
 9Sが最奥までたどり着く。あの時は、少し奥に留まった後、一気に引いて、それからまた深く突き立てられた。その時を思い出して、ぐんと引く。挿れる。引く。挿れる。体が揺れる。あの時の熱を思い出して、小刻みに体に震えが走る。ぐんぐんと9Sが登り詰めていく。欲しい。9Sが欲しい。
「9S…‥っ9Sっ!」
 たまらなくなって彼の名を呼んだ。動きがスピードを上げていく。もうまもなく上り詰めることができる――そう思えた瞬間、強い力で瓜を引き抜かれた。
「……え」
 あと少しで、いけたのに。思わず目を見開けば、目の前にはいつの間にか義体を交換した9Sの姿がある。衣服もそのままに、下腹部だけ乱暴に顕にした9Sが私の体を押し倒す。スプリングに体が跳ねることさえ構わずに、9Sが私の太股を持ち上げた。
「な、9S……?」
「こんなものを僕に見立てなくても、言ってくれれば良かったのに」
 ぽつりと零す。それが、どんな意味を持っているのか正しく理解する前に、ナカに9Sの熱い楔が打ち込まれた。いきなり深く最奥にまで挿れられて、思わず喉が仰け反る。
「……ァッ」
「欲しかったものですよ」
 そのまま、奥の中でぐりぐりと擦られる。前回たっぷりと時間をかけて行為を行ったおかげで、どこをどう触れれば心地よくなるのか、9Sには筒抜けだ。瞼をぎゅっと瞑ってみても、お腹の奥からこみ上げてくる衝動にこらえることができない。きゅんきゅんと奥の方が疼いている。もっと擦って欲しい。もっと、もっと出し入れして、9Sを感じさせて欲しい。
「ないんずっ」
 喉の奥から、彼の愛称がこぼれ落ちた。微かに息を呑む音。次の瞬間、求めていた熱が突き立てられる。欲しくて、欲しくてたまらなかった熱だ。それを零すことがないように、お腹の中できゅっと受け止める。そうすれば、苦しそうに彼は息を吐いた。その背中に力いっぱい抱きしめて、叫ぶようにして口を開く。
「いっしょに……!」
 ぶるり、と全身が大きく痙攣したことが分かった。そのまま私は弓なりになって、糸を引くような絶頂の中で身悶えた。

   * * *

「2B」
「……」
「2Bってば」
「……」
「おーい、2Bさーん」
「……」
「すみません、調子に乗りました。だから機嫌を直してください」
「……別に、機嫌なんて悪くなってない」
 ベッドの中でシーツに包まって丸くなってしまった2Bも可愛らしい。……とは思うけれど、口を聞いてもらえないことは僕にとっては死活問題だ。どうやら、やりすぎてしまったらしい。結局その後、体勢を変えて後ろから一回。もう無理だという2Bの中に、瓜を使ってもう一回。やっぱりナカでやっておきたくて、さらにもう一回。あっ、ウン、調子乗りすぎですよね。でも2Bが可愛すぎるのが駄目なんですよね。あっ、そんな顔で見ないで2B。だから悪かったですってば!
「……でも、良かったです」
「何が」
「いや、もし2Bが僕以外の誰かと行為してたらどうしようって思ったんですよ」
 実際は瓜だったわけですけど。その言葉は飲み込んでおく。せっかく2Bが返事してくれたのに、また黙らせるようなヘマはしない。
「……君以外の誰かとなんて、考えられないよ」
 きょとんとした顔になって、それから2Bは呟いた。何を当然のことを言っているのだろう。まるで、そう口にでもするように。
「とぅーびー…♡」
 ああ、もうなんて。なんて、僕のお嫁さんはこんなにも可愛いんだろう。すっかり言葉尻が蕩けてしまうことを自覚しながら、僕はさらさらの彼女の髪に顔を埋めた。
「また一緒にしましょうねっ」
 2Bが微かに身じろきをする。
「……そのうちね」
「もうっ、素直じゃないんだから」
 でもそんな2Bも可愛いんですよね! 顔を起こして彼女の唇にちゅっとキスする。そうすれば、2Bは困ったように照れ笑いの表情を浮かべて頷いた。
CLOSE