2017.06.05 執筆
2018.03.03 公開

失楽園

「まったく、司令官ってば本当に人使い荒いですよね。次から次へと新しい任務ばかりで……」
 ビルの隙間を縫うようにして群生している巨大樹から、燦々と陽光が降り注いでいる。昼の国、東洋地区。任務先として指定された廃墟都市で、不満げに声を上げた少年型アンドロイド――通称9Sをたしなめるのは、同じくヨルハ型の2Bの役割だった。
「そういうことができる人じゃなきゃ、司令官は務まらないと思う」
「本当に2Bってば真面目ですよねえ」
「9Sは感情を出しすぎ」
 感情を持つことは禁止されている。もはやすっかり決まりごとのようになってしまったそのやりとりに、9Sは唇を尖らせて返事した。
「はーい」
 やる気があるのかないのかよく分からない返答だ。そんな9Sに、困ったように2Bが息を吐く。だけど当の本人はどこ吹く風で、廃墟都市の一角にあるビルを指さした。
「指定された場所ってあそこじゃないですか?」
『マップデータと合致。依頼されていた物資の輸送ポイント』
「確か、現地の人が待機してるってことでしたよね。早くお使いすませて、シャワーでも浴びましょうよ」
「私たちにシャワーを浴びるという概念の必要性を感じない」
「だから、気分の問題ですってば」
「……」
 本当に、9Sは軽口が尽きない。次から次へと話題はめまぐるしく変わっていって、飽きるということを知らないようだ。……そんな9Sだから。自分でも自覚しない内に、唇を噛み締めていることに気が付いて、2Bは慌てて顔を上げた。
 幸いなことに、9Sは2Bの些細な変化には気が付かなかったようだ。今は、少しでも9Sに不信感を抱かせてはならない。小さく息を吐いて、瞼を閉じる。大丈夫、やれる。目的地はまもなくだ。
 現地のアンドロイドに指定された物資を運ぶ。今回司令部から通告されたおつかいの任務は、偽装されたものだ。ヨルハ機体2号E型に課せられた真の任務は、メインサーバーに不正アクセスし、司令部の機密情報を盗んだ犯人――ヨルハ機体9号S型の処刑を行うこと。背負う武器の重みを肌で感じ取りながら、2Bは瞼を持ち上げた。
「またずいぶんと大きなビルを指定しましたね。依頼人の場所は……もう少し上の階、かな」
 そういうや否や、9Sは階段に向かって駆け出して行った。『今』の9Sはこの場所を訪れるのは初めてだったので、内部の事情がよく分かっていないのだろう。ここは劣化した場所が多く、天井部分に大穴が開いている箇所が何か所かある。瓦礫の山を伝い登りすれば、先回りして目的地に着けるはずだ。
 助走をつけて、2Bは瓦礫の山に飛び移った。そのまま、迷いのない動きで次々に飛び上がる。マップにマークされているのは、ちょうどビルの四階部分にあたる場所だ。一足先に目的の階にたどり着いた2Bは、マップが示した場所の死角に身を潜めることのできるスペースを見つけ出した。あとは9Sがこの場所に到着したタイミングで、襲い掛かればいい。息を潜めて、何も知らないターゲットが到着するのを待つ。ところが、2Bの予想に反して、9Sはいつまで経っても目的地に姿を現さなかった。
 ガチャン、と何か金属がコンクリートにぶつかるような音がした。居てもたってもいられず、2Bは陰から身を滑り出した。なるだけ不信感を抱かれないように。まるでずっと9Sを捜していたかのように。
「……9S?」
 やがて、音がしたと思われた場所にたどり着いた。そこには、小さな金属が地面の上に無造作に放り投げられている。よく目を凝らしてみると、その金属は見覚えのある色をしていた。
「ポッド153……?」
 黒塗りの、箱状の金属体。ヨルハ機体をサポートすることを目的として開発された、支援随行型ユニット、9Sに配備されたポッドが一体何だってこんな場所に――はっとして、2Bは顔を上げた。そのまま身を捻ろうとしたところで、強制的に電脳世界に引き込まれる。ハッキングをされたのだ、そう理解された時には、すでに手遅れだった。
「記憶領域にはアクセスしませんよ。以前、それで司令官の罠に嵌まって処刑されていますからね」
 どこか遠い場所から、9Sの声が聞こえる。
「2Bには悪いけど、遠隔操作させてもらいます。僕はヨルハを抜ける。もう、繰り返し処刑されるのはまっぴらごめんですから」
 ガチャン、と何かが叩きつけられる音がした。それがポッド042の真白のボディであることを視界の端で認識しながら、傾いだ世界の中で2Bは意識を手放した。

   * * *

 風の音が聞こえる。高いところを、ものすごい速さでびゅうびゅうと吹き抜けていく音。闇の中に落ちていた意識が、ゆっくりと浮かび上がっていく。やがて、聴覚だけでなく、すべての機能が回復する。瞼を持ち上げる。薄ら暗い室内の中で、廃材が浮かび上がった。
「……これは」
 起き上がろうとして、違和感に2Bは唇を開く。じゃり、と金属が擦れ合う音がした。視線を上げれば、高い場所にあるむき出しの鉄筋の梁に鎖がぶら下げられていて、それが2Bの両手首を固定している。立った姿勢のまま両手を上げた格好で拘束されている状況だ。一体、何がどうしてこんなことになっているのか。場所は工場廃墟のようだったが、どうしてここまで移動しているのだろうか。疑問は尽きることがない。
「おはようございます、2B。無事再起動できたんですね」
 聞き覚えのある声が、思いの他近い場所で聞こえた。耳に湿った空気を感じる。
「……9S。これをしたのは、君、なの……?」
 見慣れた雪のように白い髪。海のような青色の瞳。黒のベルベットでこしらえられたヨルハの隊員服。いつもと寸分変わらぬ姿で2Bの目の前に移動した9Sは、にっこりと微笑んで両手を広げてみせた。
「ええ、そうですよ。繰り返し行われる処刑に、僕、抗うことにしたんです」
「……君は、処刑のことを」
「ええ、知っていました。メインサーバー侵入したおかげで、ずいぶんと色んなことを知りましたよ」
 そう口にした9Sは、両腕を封じられて身動きの取れない2Bの瞳を覗き込んで、唇を弧に描く。
「きっかけは僕の記憶領域のデータでした」
 アンドロイドの脳は人間と同じように、普段は使われない領域が存在する。その空白の記憶領域の中に、ぽつりぽつりと点在していた暗号。自分の中に残された暗号に、好奇心旺盛な9Sが飛びつかないわけがなかった。
『砂漠の石で知りすぎた少年は記憶の罠に捕らえられた』
『仲間を信じる少年は石の国で無慈悲な執行人に出会った』
『知りたがりは繰り返し罰を受け続ける』
 それは、死の淵にある義体が残すメッセージ。そんなものの履歴が、なぜ自分の中にこれほどのおびただしい数存在している? 点在する暗号は、9Sの知識欲に火をつけるには十分だった。謎が新たな謎を呼び、9Sはある仮説を立てるようになる。
 司令部は何かを隠しているのではないだろうか? そして、9号S型は危険を冒してでもその秘密にたどり着く。その度に、無慈悲な執行人――処刑を遂行する『誰か』に破壊され続けているのではないだろうか。その仮説は、単なる思いつきと一笑するにはあまりにも筋が通り過ぎていた。
 もしもその仮説の通りであると、真実を知りたい一心で9Sがとる行動は、司令部のメインサーバーへの不正アクセスによる情報収集しかない。その直後に処刑が行われることを想定すると、執行人も自然と絞られてくる。対象に怪しまれず、かつ、何度抵抗されても処刑を遂行できる能力を持つ個体。防衛を得意とするD型や修繕活動を主とするH型、地上での作戦行動を許可されていないO型は除外できる。ここまでくれば、もう誰が執行人であるのか想像するのは簡単だ。
 作戦行動時のパートナーでもある2号B型。戦闘に特化した能力を持つ彼女であれば、司令部が判断を下した時点ですぐさま任務の遂行を行うことができる。執行人は彼女だ。では、どうすれば処刑を免れる?
 本当に頭が良いアンドロイドなら、そもそもこの時点でメインサーバーへの不正アクセスを行うことをやめているはずだ。それでも、9Sはその選択肢を諦めない。知りたい。知りたい。司令部が隠しているものが何なのか、暴いてしまいたい。それはもはや、欠陥とも呼べる欲を満たすためだけの衝動。感情を持つことを禁止されていながら、自らの欲求を満たすためだけに繰り返し行動し続ける9Sは、問題機体と呼んでも差し障りがないのだろう。
 自分の欠陥を認識してからの9Sの行動は素早かった。最終目標にメインサーバーへの不正アクセスを設定し、それを実行するための前準備を密かに進めてきた。
 メインサーバーに不正アクセスする際は痕跡は極力残さないようにする。それは当然のこととして、次に痕跡が発見された場合を想定する。繰り返し処刑されるほどの機密情報なのだ。ヨルハを抜けるということも考えていた方がいいかもしれない。抜けるとなれば、ブラックボックス信号の司令部との通信を遮断する必要がある。工場廃墟の設備を使えばいけるかもしれない。ポッド153、ポッド042は恐らく内通しているだろう。あの二体は潰しておかないと後々面倒だ。
 ……そして、処刑を行うであろう2B。彼女をどう扱うのか。正面から戦闘になった場合、B型である彼女の優位は揺るがない。どうすれば、2Bの処刑を掻い潜れるのか。そもそも、9Sは彼女から逃亡すべきなのか。それとも、戦って破壊するべきなのか。9Sの感情は、全く違うものを指していた。
「2B。僕は君から離れたくなかった」
 囚われて、身動きすらもろくにとれない2Bを見つめ、9Sはぽつりとそう零した。その微かな呟きにも似た言葉に、2Bが視線を上げる。
「現地での単独任務が主なS型の僕は、あなたと一緒にいられて本当に嬉しかった。家族ができたみたいだと思ったんです」
「……9S」
 2Bの唇が、目の前の自分よりも小柄な少年の名前を呼ぶ。彼と共に過ごした時間が蘇った。知りたがりで好奇心旺盛な9Sは、嗜める2Bを他所にぐんぐんと前に進んでいく。たくさんの表情を見せてくれた。笑って、怒って、拗ねて、悼んで。砂漠地方や遊園地廃墟にも行った。いくつかの遺跡も巡った。どの場所でも、9Sは軽快な軽口を叩いていて、オペレーター21Oを呆れさせたり、2Bに窘められたりしていた。そんな彼が、歪に唇を持ち上げて嗤う。
「だけど、2Bは僕を壊し続けたんですよね?」
 僕は『今』の2Bと一緒にいたいのに、2Bは『今』の僕じゃなくてもいいんだ。だってまた『次』の僕に会えるんですもんね。記憶も知識も何もかもを失って、まっさらになった僕とやり直すんですもんね?
「それは……」
「――許さない。僕は嫌だ。2Bは僕のことを覚えているのに、僕は全部忘れて、繰り返して。だったら、ヨルハを抜けてやるって決めたんです。『今』の僕はそう思ったんです」
「9S!」
 焦りを含んだ2Bの声が、がらんどうな工場廃墟の中に響き渡った。それを口にすることがどういう意味を持つのか。聡い9Sが分かっていないはずがないのに。
「分かった上でここに連れてきたって言ったら、分かりますか?」
 対する9Sは表情を変えずにそう答えてみせた。
「ポッド達は都市廃墟に遺棄しました。そして、僕と2Bのブラックボックスをここの施設を使って細工しておいたんです。これで、司令部からはもう、僕らのことを探知することはできません」
 9Sの覚悟は揺るぎない。その唇から発せられる言葉を、彼は現実に変えていったのだ。……認めるしかない。今回の彼は本気でヨルハの裏切り者になったということを。
「ねえ、2B。僕と一緒にヨルハを抜けましょう。僕と2Bの二人なら、どんなことだって乗り越えられると思うんです」
 人造皮革の手袋で覆われた手のひらが差し出される。手は鎖で戒められたまま身動きをとることすら叶わない。それでも2Bは、目の前に差し出された手のひらを前に、緩くかぶりを振った。
「私達は人類を守ることをプログラムされている」
「その人類はもういないのに?」
 2Bの言葉は、即座に9Sに遮られた。
「笑っちゃいますよね。2Bは機密を守るために処刑を繰り返していたのに、肝心の機密内容を知らされていなかったんですから」
 そうせせら笑って、9Sは2Bのバイザーの外れた青い瞳を覗き込んだ。
「……人類が、もういない……?」
「ええ、そうです。人類はもうとっくの昔に滅亡していて、僕らヨルハはその事実を隠蔽するために組織されたんです」
「そんなの、嘘だ」
「嘘だという証拠は?」
「……それは」
「ね、2B。君は何も知らずに、知らされずに、ただ命令だから僕を殺し続けたんですよ」
 それは機械人形としてあるべき姿なのだろう。アンドロイドはそうあるべきだ。主たる人間に仕える為に存在しているのだから。……だけど、その人間がすでに滅びてしまっている今、感情を殺す意味は果たしてあったのだろうか。
 正式採用されたヨルハ機体には、いくつかの誓約がかけられている。それは、かつてプロトタイプとなったモデルがヨルハ部隊を裏切った経緯があるからだ。過去の失敗を繰り返すことがないようにと、その後開発された新型機は、過剰なほどに人類への敬愛をプログラムされている。人類を守る。それこそが存在意義なのだと生まれた時から決定付けられていた2Bにとって、9Sが告げた真実は絶句するほどに重い真実だった。
「……これでも、まだ司令部を信じますか」
「私は……」
「ねえ、2B」
「……私は……認め、られない」
「そうですか」
 酷く、平坦な声だった。一瞬、2Bはそれが誰の声であったのか理解できなかった。それほどまでに、9Sが発した声には感情が灯っていなかったからだ。
「理解しない2Bにはおしおきが必要ですね」
 ジャラ、と鎖の音が鳴る。そう音を認識した次の瞬間には、2Bの唇は9Sのそれと重なり合っていた。何を、と思う間もなく喉の奥に何かが流し込まれたことを理解する。反射的に飲み込んでしまってから、2Bは今しがた起きた出来事に目を白黒させた。
「電子ドラッグですよ」
 目の前の9Sの体が、ぐにゃりと歪に歪む。映像機能への異常がアラートされた。
「本当はこの手は使いたくなかったんだけど。……でも、2Bが僕と一緒に行ってくれないって言うから、しょうがないんですよ」
 9Sの指先が2Bへの顎に伸びる。そうして、再び唇をたぐり寄せられた。柔らかくて湿った感触が脳に伝わってくる。くちゅり、と唾液に濡れた舌が音を立てた。そのまま、9Sの舌がおぼつかない2Bの口内を犯していく。溺れるほどに、熱くて激しい。チカチカとする視界の中に至近距離の9Sの瞳がある。抵抗することもできなくて、奥の歯や舌の裏側まで絡め取られてしまう。ぶるりと体が、何かを期待して大きく震えた。
「あのね、2B」
 離された唇と唇の間に唾液が糸を引いて繋がり合う。溢れる吐息。濡れた9Sの唇が怪しく光る。
「2Bがスリープに入っている間に、少しチップを入れさせて貰ったんです。……だから」
 手袋を噛んだ9Sが、ゆっくりと右手の手袋を抜き取る。そのまま左手も。やがて素手になった彼は人差し指を伸ばして、2Bの胸部にある服の隙間に指先を引っ掛けた。そのまま指先が直に肌をまさぐってくる。やがて彼の指先が胸の先端部分にたどり着いた。
「……っ」
 ぴりり、と甘い刺激が背筋を駆け抜ける。その感覚にはまったく覚えがなかった。未知の刺激に2Bの瞳の中に困惑の色が浮かび上がる。
「ねっ、キモチイイでしょう?」
 無邪気ににこっと微笑まれる。その笑顔に薄ら寒いものを覚えて、2Bは唇を戦慄かせた。
「……そん、な」
「あれっ、良くないですか?」
 おかしいなあ。そう言いながら、9Sの指先の動きは止まらない。親指と人差し指で摘まれた箇所は、すでに刺激で固く尖ってしまっている。じんじんと張り詰めるその場所を、指先で擦り合わせるように摘んで、それから引き伸ばされる。思わず、2Bの白い喉が仰け反った。
「なんだ、キモチイイんじゃないですか」
 2Bは嘘つきだなあ。そう言いながら、またちゅっと音を立ててキスをされる。指先の動きは止まらない。片方の指先で胸の先端を弄りながら、もう片方の手のひらはすくい上げるようにして胸の形を確かめている。形のいいお椀型の胸が、9Sの動きに合わせて自在に形を変えた。
「2Bが、僕なしではいられないようにしてあげる。ねっ、そうしたら、人類がいなくったって2Bは生きていられるし、僕と一緒にいてくれますよね」
「そんなの……!」
「ん~、わがまま言っちゃうお口はここかな」
 また唇を塞がれる。9Sの舌が口の中を蹂躙していくのに、電子ドラッグで蕩けた思考では、まともな抵抗を返すことができない。それどころか、服の上から脇腹をさすり、そのまま腹のラインを辿る9Sの動きだけで、がくがくと腰が震えてしまう始末だ。
「ほら、見て2B。もうこんなになってる」
 9Sの手によってスカートがたくし上げられる。その下に装着しているのは、ぴったりとした体のラインが浮き出るレオタードだ。その白いレオタードの股ぐら部分がやけに熱を帯びていた。お腹の奥がきゅんと疼いて、太股を擦り合わせないと切なさでどうにかなってしまいそうだ。
 自分の体なのに、まるで自分ではないみたいだ。暴れ狂う体内の熱に、うまく排熱処理が追いつかない。どうにかしたくて乞うように9Sを見れば、彼はあろうことかたくしあげたスカートの下に頭を突っ込んだ。白いうなじが黒衣の下に隠れたと思った次の瞬間には、太ももには彼のしなやかな指先が伸びている。
「っぁ……な、9S……!」
「すごいな。胸を触っただけでこんなになってる」
 指先が太ももにくい込んだ。そのまま彼の指がヒップの形を確かめるように下から上へと撫でさすっていった。その動きで、レオタードがますます股ぐらに食い込んでしまう。足の付け根にある場所が、明らかに疼いていた。
「すごくえっちですよ、2B」
 生暖かい吐息に、全身に震えが走る。次の瞬間、2Bの体がびくんと大きく跳ねた。9Sの熱い舌がレオタード越しに股ぐらを舐めたのだ。
「あ、ああ……! 9S、そんな」
「よく聞こえませんよ。どうしたんですか?」
「あっ、やだ、喋っちゃ……んっ!」
 いやいやと首を振る。こんなに切なさでどうにかなってしまいそうなのに、足の付け根をしゃぶっている9Sは一向に止まらない。それどころか、「おかしいな~、こんなにオイル漏らしちゃって。2B、はしたないですよ?」なんて意地悪なことばかり口にするのだ。
 指先がレオタードをめくって、隠されたその場所が外気に晒された。途端、期待に体が震えてしまう。今からきっと、9Sはそこに触ってしまうのだ。いつもは隠されたその場所を触って、確かめて。その持ち前の好奇心で2Bを暴き尽くしてしまうのだ。
 ところが、2Bの期待に反して9Sは何もしてこなかった。それどころかスカートの中から頭をどかして、衣服の乱れを直してしまう。そうして彼はにっこりと微笑んでみせるのだ。
「飽きちゃいました」
「……え」
 僕は2Bと違って、電子ドラッグ入れてませんしね。一応拡張パーツはつけてみたんですけど、イマイチ人間の昂ぶりっていうのがよく分からなくって。だから、ここでやめちゃっても別にいいかな~と。
 そう、無邪気な顔で残酷なことを口にする。
「そんな……」
「え? 2Bはやめて欲しくなかったんですか?」
「私は……別にっ」
 唇を震わせて視線を逸らす2Bの頬は先ほどの行為もあってかすっかり赤く熟れている。焦らされた体の熱をなんとか逃がしたいのに、拘束された腕ではそれすらも叶わない。ジャリ、と鎖の音が鳴った。
「……本当に?」
 2Bの耳に唇を寄せて、確認するように9Sが囁く。その真っ赤な舌が、2Bの耳の中を舐めた。
「んっ!」
「こんなに体中えっちにさせて、本当にやめちゃっていいのかな」
「な、9S……!」
 震えた唇から発せられた声は、もはや泣き出しそうな弱々しさだった。体を弄られて、ドラッグで思考回路を滅茶苦茶にされて。これでおかしくならないなんてどうにかしてる。理性と欲求の間で揺れ動く2Bの瞳を覗き込みながら、9Sは唇の端を持ち上げた。
「ほら、言ってくださいよ」
「……え」
「ナインズのおちんちんをくださいって」
「それ、は……」
「欲しいんでしょ?」
「……そんなこと」
「欲しいって顔してる」
「な、ナインズ」
「いらないんだったらいいんですよ。僕はやめればいいだけなんですから」
「……っ」
「ほら、言って。ね、2B」
 目尻を細めて、蕩けるような眼差しの9Sがすぐ傍にある。
 どうしたら、この熱を止められる? どうしたら、お腹の奥の疼きを止められる? どうしたら、この訳の分からない激情のような感情を抑えることができる?
「2B」
 名前を囁かれる。促されるように。視線の先が、自然と9Sの股間に下りた。ズボンを押し上げる熱量。あそこにあるパーツが、2Bのナカに入って、繋ぎ合わさって。もうそこまで考えてしまうと、駄目だった。
「……ナイ、ンズの……」
「ほら、2B。もっと大きな声で」
「ナインズの……っ、おちん、ちん……を、くだ……さい……っ」
「はい、よく言えました」
 ご褒美ですよ。そう口にして耳を甘く噛まれる。次の瞬間9Sの指先が器用にレオタードをずらして、張り詰めた性器パーツが2Bのナカに侵入してきた。そのまま、一気に最奥まで貫かれる。声にならない声を上げて、2Bは大きく弓なりになった。
「あれっ、もうイっちゃったんですか?」
 何もかもが初めての感覚に体がついてこない。痛いとか苦しいとかの感覚よりも、求めていた熱量に体中が歓喜の声を上げていた。
「もうっ、ずるいな……んっ、2Bはっ」
 ぐじゅん、と粘着質な音がした。9Sの性器パーツが引き抜かれて、もう一度ナカに入り込んでいく。浅く往復していく振動。それだけでも、ナカはまだひくひくと待ち望んでいる。
「本当にっ、……ふっ、2B……はっ、えっち、だなあ」
「あっ、や、やだっ!」
 腰の動きが止められない。喉の奥から迸る声は、もはや自分のものではないようだ。見知らぬ女の嬌声が響いている。ぱんぱんと腰を打ち付ける乾いた音が、静かな工場廃墟の中で反響していた。
 出入りする9Sの性器がくれる振動が、馬鹿になるほど心地よい。汗が飛び散っている。9Sの動きに合わせて、2Bの体もリズミカルに揺れた。
「あっ、な、9Sっ、もうっ」
「……と、2B、んっ……出るっ」
 ぐん、と弾みをつけて9Sが2Bのナカの奥深くまで入り込む。次の瞬間、2Bのお腹の中で9Sは膨張すると、そのまま熱い雫を吐き出した。
 自然と喉が仰け反る。声を上げて涙を散らした2Bの体の力が抜ける頃、9Sもまた弛緩した体を動かす力を取り戻したようだった。
「すご……2B、搾り取られるみたいでした」
「……な、9S……」
 目尻を細めて、2Bが掠れた声で彼の名前を呼ぶ。ナカに入り込んでいた性器パーツが引き抜かれた。その振動さえも快楽になって、2Bの唇からは艶っぽいため息がこぼれ落ちる。太ももの間からは白い体液が伝い溢れていた。鎖でつながった格好のまま、2Bの腰はがくがく震えたままだった。
「ね、2B。僕と一緒にいてくれる気になりましたか」
 僕と一緒にいてくれるなら、こんな風に繋がりましょうね。僕、2Bが一緒にいてくれるにはどうしたらいいのか、一生懸命考えて、人類のアーカイブも辿ったんですよ。こういう風に体を繋ぐのも一つの手法って見たんですけど、どうでしょう。見た感じ2Bも気に入ってくれたみたいだし、ねえ、2B。僕と一緒にいてくれませんか。
 笑顔のまま、9Sは言葉を紡いでいく。すでに滅亡した人類が、まるで存在しているかのように振舞うためのヨルハ部隊。元々意味のないその組織にいることに、果たしてどんな意味があるのだろうと。辛い思いをしながら、心をすり減らして処刑を行い続ける。このまま処刑を執行し続けて、果たして2Bは無事に居られるのかと。いつか心を壊して、廃棄されるかもしれない未来に生きるより、9Sと共に地球でひっそりと二人生きていく道を選べないかと彼は語った。
 歪に欠けた笑顔で9Sは笑う。その向こう側に、バンカーのみんなの顔が透けて見えた。けして深く関わり合っていたわけではない。だけれども、思い浮かぶいくつかの顔はどれも2Bを慕っていたものばかりで。
 2Bさん。今度また、地上のお話聞かせてくださいね。
 ご苦労だったな、2B。
 任務を受けて、それをこなしていくだけのアンドロイド。そう言い聞かせてきたはずだった。それなのに、思い浮かぶ顔がどれも懐かしく思ってしまうのはどうしてなんだろう。
「私……私は……」
 気が付いた時には、目尻から一粒の涙が溢れていた。言葉が詰まる。どうしていいのか、分からない。守るべきものはない。ないはずなのに、どうしてこんなにも胸が痛くて、苦しいの。
「泣かないで、2B」
 頬に伝う熱い涙を、9Sの舌が拭い取っていく。触れるその舌が優しく涙を拭い取ってくれるのに、溢れる涙は次から次へと溢れてきて、まるで留まることを知らないかのようだ。
「分からない」
 言葉が溢れる。涙と一緒にぽろぽろ、ぽろぽろと。
「分からないよ、9S」
「……2Bは、バンカーのみんなが大切なんだね」
 少しだけ切なげに、9Sは微笑んだ。涙を零す2Bの頬に触れるその手は優しい。
「だけど」
 彼は続けた。
「僕らはもう三日間も連絡を取ってない。ブラックボックス信号が届いてないはずだから、きっと司令部は僕らを死亡扱いにしているはずだよ。きっと今頃は」
 そう口にして、9Sは再び嗤う。
「――『新しい』僕らが、任務に就いているはずだ」
 ねえ、2B。だから僕と一緒にいて。君はもういないことになっているんだから。処刑を執行するE型の役目は、もう必要ないんだから。だから、僕と一緒に生きていこうよ。
 9Sの指先が、2Bの服の胸の部分。開かれたその隙間に手をかけて、衣服を手で引き裂いた。
「黒を着る意味は、もうないんだ」
 ヨルハ部隊員であるその証。指先で引きちぎって、9Sは零れた2Bの乳房に唇を寄せる。
「……ないん、えす」
「ナインズ」
 そう呼んで。囁きながら、9Sは2Bの乳房の上に口づけを落としていく。ちくり、と小さな痛みが走った。じわりと浮かび上がるのは9Sが付けた甘い烙印。彼は2Bの胸に幾つもの烙印を落としながら、やがてその淡く桜色に色づく頂点に唇を寄せた。
「ンッ……」
 かり、と甘く頂きを甘噛みされる。達したばかりの体には十分すぎる刺激だ。途端、疼き出す下腹部に、2Bは思わず首を振る。しかしそんな2Bの動きを拒むように、9Sは執拗に胸を責め立てた。
 9Sの唾液に濡れて、乳房がてらてらと光っている。その先端部分を時に摘んで、唇で吸って。そうして甘く歯を立てられれば、2Bの唇からは甘いため息が零れ落ちる。9Sから与えられる甘美な刺激に体をくねらせながら、2Bは瞼を閉じた。足元には破り捨てられた黒衣の装束とレオタードが散らばっている。
「2B、2B」
 9Sが名前を呼ぶ。
「僕だけを見て。……僕だけを感じていて」
 背後から抱きすくめられる。9Sの丸い頭が背中に押し当てられるのを感じた。その声の響きが酷く切なくて、彼に手を回してあげたいと思った。だけど、手を動かすことは叶わない。鎖で繋がれたままだったから。
 むき出しのお尻に、9Sの手が伸びた。そのまま形を確かめるようにお尻を揉みしだいて、両手で固定する。小さく溜息を吐いた2Bの吐息と共に、9S自身が埋め込まれた。先ほどとは違って、今度は浅く。入口のところを9Sは出入りしていく。
「あっ……ん、ふっ」
 溢れるため息は甘やかだ。何もかもを滅茶苦茶にするような激しい突きではなくて、まるで波間を揺蕩っているかのような、もどかしいセックス。
「2B」
 9Sが名前を呼ぶ。腰を引いて、もう一度差し込む。抜き差しする動きが、リズムカルに2Bを揺さぶっている。彼は一体どんな顔をしているのだろう。どんな感情で名前を呼んでいるのだろう。知りたくても、背後にいる9Sの表情を見ることは叶わない。
「な、いん、えす……っ」
「ナインズ」
 言い聞かすように訂正される。
「ない、んず」
 零れた名前に、ぴくりとナカに入っていた9Sが反応したような気がした。
「2B、もう一回」
「ナインズ」
 ナカの9Sがより一層硬さを増したような気がした。次の瞬間、ずんと最奥まで熱い塊がねじ込まれたことが分かった。2Bの白い喉が仰け反る。引く。もう一度、ねじ込まれる。二人の動きが激しさを増してゆく。断続的に声が響いている。名前を呼ぶ。名前を呼ばれる。
 手を伸ばしたかった。だけど、2Bの視界に映るのは工場廃墟の朽ちた壁ばかり。耳元で囁かれる己の名前だけを頼りに、ぎゅっと唇を噛み締める。
「ナイッ……ンズ」
「何ッ、2Bッ」
「君を、今すぐ……んっ、抱きしめ、たいっ……」
「2B……!」
「ナインズ――!」
 視界が白く弾けていく。繰り返し、絶え間のない絶頂に追い立てられる。これはチップのせいなのだろうか。それとも。
 朦朧とする意識の中で、2Bは指先を伸ばした。何も掴むことのできない虚無が広がっている。それでも、手を伸ばす。お願い。せめて、君だけは。……もしかすると、それすらも彼の計算通りだったのかもしれない。それでもいい、そう思った。
 もう、バンカーへは帰れない。帰ることができない。
 この手の中に残ったのは、たった一人の寂しがり屋の少年のぬくもりだけ。それもまた、神の遺した不可解なパズルの一ピースなのだろう。

   * * *

「んっ……むぅ、ふあっ……また、大きく……」
 唇で、膨張した彼の熱を包こむ。常時よりも明らかに膨れ上がった状態は、9Sが興奮しきっている証だ。ちゅっと音を立ててキスすれば、唇の中に先走りオイルの苦味が広がる。それをしっかりと舐めとって、2Bはまた9Sの熱を唇で咥え込んだ。
「んっ……すっかり、上手にっ……なりましたね、2B」
 上下する唇。すぼめられたその中に、自身を捩じ込みながら9Sは熱い吐息を零した。そうして、まるで世間話でもするかのように口にする。
「そう言えばっ……バンカーがっ、墜ちた、そうですよ」
 ちゅぽ、ちゅ、ちゅぷん。唇と熱との間で卑猥な音が鳴り響いている。唇の端から零れたオイルを手のひらで拭き取って、2Bは髪を掻き上げた。
「…………そう」
 いつか、訪れると分かっていた未来。それでも、どうすることもできなかった未来。――違う。二人は選んだのだ。2Bと9Sの二人だけで完結する世界を。
 かつて、神は楽園を作ったという。そうして、二人の人間を創造した。しかし、蛇に唆された人間は、禁じられていた『知恵の実』を口にして、楽園を追放されてしまう。
 失楽園。楽園を追放された二人。――二人の世界は、バンカーが堕ちても、人類が滅亡したことを隠されたままでも、密やかに続いていく。
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