2016.03.06 執筆
2017.07.25 改訂

ウキウキ♡ショッピング

「ねえ、これ似合うかな。……ちょっと子供っぽい?」
 賑わう店内の小さな一角。狭い鏡張りの個室は、さながら小さなショーステージのようだった。
 淡い薔薇色のワンピースに身を包んだセラが、踊るようにくるりとターンする。まるで少女にでも戻ったようだ。朗らかな笑顔を前に、彼女の恋人でもあるスノウも満面の笑顔になった。
「おう。いいんじゃねーの」
「……スノウ」
「お前、それさっきも言ったぞ」
 実に二メートルもある大男を前に、呆れたように溜息を吐いたのはホープとライトニングだ。金太郎飴のように同じ文句しか言わないスノウの語彙の貧困さは、二人を呆れさせるには十分すぎるものだった。
「まあまあ、お姉ちゃん。スノウがこうなのは仕方ないよ」
「分かってるならいちいちこいつに振るな。時間の無駄だ」
「それでもやっぱり好きな人に褒めてもらえるのって嬉しいから」
 そう口にして、セラはふんわりと相好を崩す。いつの間にかすっかり大人の女性らしくなった妹に、ライトニングの胸には一抹の寂しさが広がった。セラはもう子供じゃない。あの子が納得しているのなら、余計な干渉はしない方がいいのかもしれない。そう、ライトニングが自らを納得させようとしたその時のことだった。
「とは言え、いくらなんでももっと嬉しくなる褒め言葉が欲しい!」
 主張を一転。セラは、スノウを指差してごくごく真っ当な一言を繰り出した。
「はい! ホープ君を見て!」
「おっ、おう」
 セラの鬼気迫る迫力に押されて、スノウがホープを見る。突然名指しで呼ばれたホープの方は目を白黒させていた。
「お手本をお願いします!」
「薔薇色の髪とワンピースがお揃いでよく似合っています。白のヒールか鞄を差し色に入れたら、春先にはぴったりじゃないでしょうか。とても可愛らしいですよ」
「……流石すぎて、ぐうの音も出ません」
 突然振られた無茶ぶりにもこの切り返し。ホープ君、お見事! うんうんとセラは深く頷いている。
「さりげなくアドバイスまでくれちゃってるしね。服だけじゃなくて、私自身も褒めてくれてるところがソツないよね」
 下手すると嫌味になっちゃうところも爽やかにしちゃうのがホープ君のすごいところと言うかなんというか。ハイスペックだよねえ、お姉ちゃんの彼氏。そうまくしたてて、セラからライトニングにバトンを投げれば、まあホープだからな。とこちらはそっけない反応だ。
「私だって、その服はセラに合っていて可愛いと思っていたんだ」
 そっけない反応は、どうやら対抗心のあらわれだったらしい。いやいや、ちょっと待って。仮にも恋人相手に嫉妬してどうするの。しかも対象が妹だよ、お姉ちゃん。
 相変わらずな姉を前に、セラが苦笑を零す。さて、こちらの反応はどうかな――と、すっかり置いてけぼりにしてしまったスノウに視線を向けて、セラはがっくりと肩を落とした。
「おう、分かった!」
 ……うん、絶対分かってない。
 にこお、とごく自然に笑顔になる。スノウとの付き合いもそれなりに長い。こういう時の彼がほとんど役に立たないのはすでに学習済みだった。
 確かにホープ君のはレベル高すぎて、スノウに真似は出来っこないとは思うけど。
「しっかしホープは流石だな。ああいった洒落た言い回しは俺には無理だ」
 そう言って、スノウは裏表のない顔でにひっと笑ってみせる。妬いたり、拗ねたりすることもない。それどころか、素直に相手のいいところを賞賛してみせるのだから、スノウはすごいのだ。体だけじゃなくて、心がおっきいのがスノウのいいところだよね。――褒め言葉が、服に関することになると途端、壊滅的なのは置いておいて。
 こういった何気ないところで、好きなことを再確認させてくれるから、やっぱりスノウが大好きだ。お姉ちゃんがいる手前、口にすることは叶わなかったものの、思わず口元が緩んでしまう。
 きゅんとした乙女心に免じて、スノウにもう一回見てもらいましょう。そう決めたセラは、指先を立ててにっこりと提案した。
「じゃあ、もう一着試してみたい服があるから、その感想を聞かせてね。あっ、お姉ちゃんも一緒に!」
 お揃いで着てみようよ。そう続けてみせたセラに対して、ライトニングは苦笑して答えた。
「いや、私はいいよ」
「ええっ、どうして」
「そういう可愛いのは似合わないだろうし」
「大丈夫。次のはキレイめです」
「しかし……」
 分かってはいたものの、こうなったライトニングはなかなかに手強い。そんなライトニングを前に、セラはさっとホープに目配せした。応じるように微かな頷き。やはりこういう時の彼は頼もしい。
「ライトさんは、散々ファッションショーやりましたもんね」
「……おい。いつの話をしている」
「勿論前世の話ですよ。いや~、可愛かったなミコッテ衣装のライトさ……」
「分かった、分かったから」
 ホープ君がお姉ちゃんの彼氏になってくれて本当に良かった。しみじみと思う瞬間だ。
 かくして、ファロン姉妹による、店頭ファッションショー第二弾が開催されることになった。先ほどのワンピースと変わって、今度は大胆にショートパンツだ。合わせるのはストライプのすっきりとした水色のシャツ。上にはカーディガンを羽織って見せれば、なかなか様になっているじゃない? 自分で言うのはなんだけど、美人姉妹のできあがりです!
 一緒に更衣室に入ったライトニングは既に着替え終わっていた。すらりと身長の高い姉は、やはりどこかのモデルのようで、セラの見立て通りよく似合っている。
「じゃあ、私たちの彼氏に褒めてもらいましょう」
 ね、お姉ちゃん。そう振り返ってみせれば、馬鹿か。と優しい顔で小突かれる。そんないつもの姉妹のじゃれあいに応えて、セラは更衣室の扉を開け放った。
「舞い降りた天使、セラ――!」
「女神です、ライトさん!」
 ブラボー! ブラボー! 店内に野郎共の大絶賛が響き渡ったのは、この直後のことである。
CLOSE