2016.03.11 執筆
2018.03.11 公開

リバース

「見て見て、ファング! こんなにたくさん!」
 そう口にして、満面の笑顔で麻袋を差し出したのはヴァニラだった。
「おっ、すげえじゃねえか。よく見つけてきたな、ヴァニラ」
 麻袋の中には、熟れた果実が山のように詰められている。艶やかな紅玉。グラン=パルスに降りてからというもの、何度となく口にした果実だったが、これほど立派なものをしかもたくさん。目を見張るほどの収穫であることは、疑いようもない。
「ホープと一緒に見つけたんだよ。褒めて褒めて~!」
 袋を手にぴょんぴょんと飛び跳ねるヴァニラはまるで兎のようだ。そんな彼女を前に、ファングがふっと目を細めて笑った。
「ああ、よく見つけてくれた。偉いな」
「えへへっ」
 ぽんぽんとヴァニラの赤毛をファングの指先が撫でる。家族のように慕っているファングに褒められて、ヴァニラの方もご満悦だ。にこにこと嬉しそうに顔を緩めている。
 なんとなく穏やかな空気感が漂っていた。ヴァニラとファングの仲睦まじいやりとりを尻目に、もう一つの麻袋を抱えていたホープは「よいしょ」とそれを地面に下ろしてみせた。途端、それなりの質量が地面に落ちる音が響く。それが、ホープとヴァニラがいかにたくさんの食料を運んできたのかを物語っている。
「すごいな」
 感嘆符を零したのはライトニングだった。屈んでいたホープが視線を上げる。その先には、穏やかな眼差しをしているライトニングの微笑みがあった。
「お手柄だな、ホープ」
 そう口にして、伸ばされた指先がホープのプラチナブロンドの髪に触れる。そのまま軽くぽんぽんと撫でられて、思わずホープは赤面した。
 とは言え、ホープはヴァニラのように素直に喜ぶわけにもいかない。なにせ、今まさに頭を撫でているのはホープの憧れの人なのだ。触れられるのは素直に嬉しいものの、これじゃあまるで子供扱い。……だけど、例えどんな形であっても、ライトニングに褒められること自体は決して嫌なわけではなくって。
「すまない。あいつらに釣られてしまったみたいだ」
 そんなホープの微妙な表情に、はっとしてライトニングが瞳を瞬かせた。頭を撫でられるのは嫌だったか。そんなライトニングの言葉に、ホープは首を振ってみせる。
「……今はこれでいいです」
 年齢はもちろん、身長も、旅における役割だってホープはまだまだライトニングに追いつけない。――だから、今は、これでいい。
「だから、もう少し撫でてもいいんですよ」
「どの口が言っている」
 呆れたようなライトニングの声。直後、ホープのおでこにライトニングの人差し指が飛んできたのはお約束だ。

   * * *

「片が付いたぞ」
 流石は“閃光のライトニング”。そう囁かれる言葉を歯牙にもかけない様子で、ライトニングはブレイズエッジを鞘へと収める。群を抜いた卓越した戦闘技術。それは、ここにいる誰もが一目置くものだ。
 解体後、アカデミーに吸収された騎兵隊は今や、その名を変えて各地で任務に当たっている。聖府軍を退役したライトニングもまた、今やアカデミーの隊員の一人となっていた。その豊富な戦闘経験を元に、グラン=パルスの調査団の護衛を行っている。今回はヤシャス山への調査任務の付き添い。その名目で同行することになったものの。
「ライトさん」
 誰もが尊敬と畏怖を込めて「ライトニング」と呼ぶ中で、一人、彼女を親しげに愛称で呼ぶ声がある。
 ライトニングが振り返ると、すっかり見上げるほどの目線の高さまで成長したプラチナブロンドの髪の青年が駆け寄ってきていた。
「今の戦闘で怪我をしましたよね。看せてください」
「怪我……? ああ、これのことか」
 自分自身でも気がつかなかったほどの浅いものだ。左手の指先に血が滲んでいる。どうやら、調査団の主任はライトニングの負傷を見落とさなかったらしい。
「みなさんは先に進んでいてください。すぐに追いかけますから」
 メンバーに声をかけて、ホープがライトニングの手を取る。「このくらい、別にいい」と口にするライトニングを他所に、「それでも僕は、あなたが傷つくのは嫌なんです」ととんでもない言葉を軽々と吐く。周囲に人がいないかどうか慌てて確認するライトニングを他所に、ホープはあっという間にケアルをかけてライトニングの怪我を癒していった。相変わらず、驚くべきほどの手際の良さだ。
「ホープ」
 非難を込めて彼の名前を呼べば、不意に真剣な眼差しになったエメラルドグリーンの光と目が合った。
「あなたが戦うというなら、せめて心配くらいはさせてください」
 じゃないと、どうにかなってしまいそうだ。そう囁かれる言葉は、“主任”としての管轄を飛び越えたものだ。仕事仲間としてではなく、恋人としてのそれ。
「ね、ライトさん」
 そう口にして、手にとったライトニングの指先にホープのくちびるが触れる。そんなキザったらしい行動でさえもいちいち様になって見えてしまうのだから、本当に恋は何とやらだ。
「ホープっ」
 ライトニングの言葉の続きは、ホープの柔らかい唇の感触で、すっかり飲み込まれてしまった。思わず赤面するライトニングを前に、ホープはにっこりと破顔する。
「そう言えば、数年前にヤシャス山をみんなで登ったことを思い出しますね」
 突然ホープがそう言い出した心当たりが思い浮かばず、ライトニングはしどろもどろになりながら相槌を返した。
「……旅した時か?」
「ええ。ヴァニラさんが、袋いっぱいの果物を持ってきて、ファングさんが笑ってて」
 それで、ライトさんが僕の頭を撫でてくれた。
 ホープの言葉に何となく嫌な予感がして、ライトニングは恐る恐る目線を上げる。案の定、視線の先には年下のくせにすっかり大きく成長した二十一歳のホープのにこにこした顔がある。
「僕、悔しかったんですよね」
 曲がりなりにも好きな人に、ぽんぽん頭を撫でられて。そう口にするホープの言葉の続きはもう分かっている。優男のように見えて、ホープはとてつもなく頑固なのだ。一体誰に似たのか。そう以前ため息をついたら、セラから「どう考えてもお姉ちゃんの影響でしょ」と突っ込まれた記憶が蘇る。私のせいじゃない、と言いたいのは山々だったものの、思い当たる節はありすぎた。……余談は置いておく。こうなったホープは、本当に頑固なのだ。
「……それで、どうしたいんだ」
「戦闘任務を頑張っているライトさんに、ご褒美させてください」
 それは仕事だ。という無粋なことは口にしない。しようものなら、口の達者なこの男はああだこうだ言いながら、結局ライトニングをロジックでねじ伏せてしまうからだ。
「ん」
 頭を撫でて満足するなら、変に意地を張らずにさっさと撫でさせればいい。ライトニングは目を閉じて頭を差し出した。
 今やすっかりホープが大きくなったということは、同時にライトニングだってそれなりの年になったということでもある。ここらで一つ、大人の余裕を見せておかないと様にならない。
 ふっと頭に影が降ってくる気配があった。さあ好きに撫でればいい。そう腹をくくれば、何故かくちびるに柔らかい感触が触れる。
「んんっ!?」
 驚きに目を見開けば、楽しそうなエメラルドグリーンの瞳と目線が合った。その顔には「せっかくライトさんが無防備ですから」と書いてある。違う。そうじゃない!
 軽いキスどころか、しっかりと舌まで絡んでくる。おい、仕事中だぞ。そんなライトニングの抗議の声は、あっさりとホープの卓越したキスによって封殺されてしまった。
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