2018.06.07 執筆
2018.06.08 公開

ネジと噂

 AIに異常が生じたのだろうか。打ち捨てられてずいぶんと久しい、そんなドレッドノートを見つけたのはほんの偶然だった。
 何ができるわけでもない。必要となるわけではない。マハーバラ坑道へ行けば、稼働している個体にいくつか出会えるはずだ。ドレッドノートに対してはそういう認識を持ち合わせている。だから、アカデミーの調査隊がその個体に対して何か行うということはないし、事実、そのまま手つかずになっていたわけなのだけれど。
「……」
 ワイヤーブラシで錆取りを施して、本来の輝きを取り戻した大ぶりのネジ。指先でつまみ上げたそれを見上げて、僕は思わず口元を緩めた。
「思い出すなあ」
 今からもう、七年も前のことだ。ルシになって聖府から追われる身となった時のこと。
 足手まといだと口にしたライトさんに置いて行かれまいと必死で後を追いかけた。そんな命がけの逃避行のさなかに出会ったのが、ごみ処理場の中のドレッドノートだった。
 動かせるかもしれません。そう言って、乗り込んだ僕の後ろでライトさんは呆れていたっけ。だけど、思いがけずドレッドノートが動き出して。あの時はただもう夢中で、訳も分からぬまま操縦レバーを動かしていた。ほとんど暴走に近い動きで突っ込んでいった(でもおかげで聖府軍のバリケードは突破できた)僕に、ライトさんは複雑そうな顔で「結果オーライだな」と口にしたことが懐かしい。
 パルスの未知の機械。時に助けとなり、敵として立ち塞がったドレッドノートは、僕にとってルシの旅を思い起こさせるには十分すぎるものだった。
 旅はけして生半可なものではなく、当時はただ生き延びるだけで精一杯だった。だけど、あの旅で得たものは、掛け替えのないものとして今、僕の胸の中に宿っている。
 指先の間で鈍く光る銀色のネジ。一見、何の変哲もないただのネジにしか見えないだろう。だけど、ここにはルシの旅の思い出が詰まっている。それは、あれから七年の月日が経とうとも、色褪せることはない。
 錆びだらけでガラクタ同然に見えた、ドレッドノートが動き出したあの時。胸の内からわくわくしたものが噴き出してきて、脳天を刺激したものだ。地に足がつかない、ふわふわとした高揚感。握りしめたレバーの感触は固く、じんわりと汗で滲むてのひらでそれらを握りしめた。
 ぎい、がちゃん。軋んだ音を立てて立ち上がる、えんじ色のボディ。引っ張る時に少し癖のあるレバーを倒せば、ごとんごとんと大きな振動をしながら、ドレッドノートは前へと進んでいく。
 いけっ、そこだ! とうっ、えいっ!
 夢中で操縦したドレッドノート。レバーを倒すたびに、一歩、また一歩と動き出したあの頃が目に浮かぶようだ。
「ふふ」
 不意に楽しくなって、思わず笑みが零れ落ちる。懐かしく、輝いていた記憶。たった一本のネジなのに、見ているだけで思わずにやにやしてしまう。ドレッドノートは、やっぱり僕の気持ちを昂ぶらせてくれるらしい。

 ――この時の僕はまだ知らない。主任が最近一人で妙ににやにやしているらしい。そんな噂が、僅か数日のうちにアカデミーの中に駆け巡ることになるということを。
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