2016.04.02 執筆
2018.03.03 公開

こども・おとな

「子供扱いしないでください!」
 カッとなって、ホープはライトニングの両頬を引き寄せた。そのまま噛み付くように唇を重ね合わせる。キスは、まだ数える程しかしたことはない。
「……っ」
 突然の出来事に、ライトニングは驚いたようだった。アイスブルーの瞳をまん丸にして、ホープを見つめている。その驚愕の視線を浴びながら、ホープは構うもんかと強く瞼を閉じた。そのままライトニングの体を押し付けるようにして両腕で掻き抱くと、彼女の身動きがとれないことをいいことに深くキスをする。
 今度こそライトニングの体が、驚きで硬直したことが分かった。唇の中を探るように舌を這わせていけば、彼女はされるがままだ。それをいいことに、口内を味わうように深く、深くキスしていった。
 ――きっかけは、些細なことだったのだ。久しぶりにホープはコクーンからネオ・ボーダムにやってきて。ぐんぐんと背丈が伸びてくるホープを、驚きながらも温かくライトニングは迎えてくれた。
 住んでいる場所が離れていれば、年も離れている。そんなちぐはぐな二人が恋人同士になれたのも、ひとえにかつてルシとして旅した経験があったからだった。あの旅のすべてが終わり、互いにそれぞれの生活に戻ることになった。ホープはパルムポルムへ、ライトニングはネオ・ボーダムへ。その時強く思ったのだ。このまま別々の人生を歩んで、交わることなく未来に歩いていくことが嫌だ。この人とずっと一緒にいたい。半ば駄々を捏ねるように迫ったホープの言葉に、ライトニングは微かに照れながら応えてくれたことが二年前のこと。
 ホープは十六歳になった。ライトニングは二十三歳になった。勉学に励むホープが、慌ただしい学生生活の合間を縫ってネオ・ボーダムに遊びに来たのがつい先日のことだ。かつてのボーダムと同じように花火を打ち上げる夜の海を人気のない場所で見つめながら、なんとなく二人いい雰囲気になって。なのに、些細なことで口論になって。それで。
 長いキスを終えて深く息を吸えば、ライトニングも同じように肩で息をしていた。溢れる吐息の隙間を縫うように、彼女の声が零れ落ちる。
「おまえ、なんで」
「だって、ライトさんがいつまでも僕を子供扱いするから」
 子供扱いされるのが嫌だった。はやく一人前の男として扱って欲しかった。彼女の隣に並んでも、仲のいい姉弟みたいに扱われないような。そういう関係になりたかった。
 ――でも、本当は分かっている。そんな些細なことでいちいちムキになるから、自分はまだ子供なのだ。
「ホープ」
 ライトニングの瞳が微かに揺れる。その揺らめきに気がついて、ホープは急に怖くなった。
 衝動に任せてなんてことをしてしまったんだろう。本当は、こんなつもりなんかじゃなかった。
「ごめんなさい」
 咄嗟に言葉が滑り落ちる。
「無理やりするつもりじゃなかったのに。僕のわがままで。……こんなの、最低だ」
 ライトニングの顔をまともに見ることができない。ホープは俯いて、噛み締めるように呟いた。
 一度冷静になってみればよく分かる。ライトニングはけしてホープを子供扱いしたわけじゃなかった。ただ、単純に背伸びがしたかったホープが癇に障って、突っかかって。そして、奪うようにキスをした。奪っておいてから後悔するなんて、幼い以外に何者でもない。
「ホープ」
 ライトニングの声が聞こえる。その響きが先程までの硬さがなくなっていることに気がついて、ホープは恐る恐る顔を上げた。
「ばか」
 ピン、と優しい力でデコピンをされた。
「ライトさん?」
「……嫌だったら、とっくの昔に突き飛ばしている」
 恥ずかしがり屋な彼女の、多分、精一杯の勇気と優しさだった。赤らんだ頬を隠すようにそっぽを向いて、ライトニングは確かにそう告げた。
「嫌じゃなかった?」
「そう言ってる」
 それからライトニングは聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で、続きを言った。
「それに……おまえが段々子供に見えなくなってきたから困ってるんだ」
 そんな彼女のたった一言で気持ちが浮上してしまうのだから、我ながら現金なものだ。いつの間にか耳まで赤くなっているライトニングに気がついて、ホープは思わず苦笑した。
 背伸びをしようと一生懸命なのは、もしかしたらお互い様なのかもしれない。
「ねえ、ライトさん」
「なんだ、ホープ」
 パアン、と夜空に色とりどりの花が鮮やかに咲いた。弾けるような光を背景に、ホープはライトニングに微笑んだ。
「キス、やり直してもいいですか?」
CLOSE