2017.04.20 執筆
2018.03.03 公開

ハングドエッジにて

 まさに硝煙弾雨の世界だった。解き放たれた軍用獣が、銃を持って応戦する人々を尾で一払いする。悲鳴と、怒声と、それから銃声が周囲に響き渡っていた。
「マジかよ」
 ――軍による一般市民の反乱の、手段を厭わない沈静化。刻一刻と目まぐるしく変わる状況を飲み込むには、あまりにも情報過多だ。それでも、なんとしてでもついていかなければならない。列車の中で華麗に主導権を奪ってみせた女軍人の背中を追いながら、サッズはいまだ竦み上がりそうになる足を必死にたたらを踏んでこらえていた。
 生きて帰らなければならないのだ。愛する息子のために。そして、息子に刻まれた刻印を解き放す術を見つけなければならない。
 そのためには、まずこの戦況をくぐり抜ける必要があった。藁にもすがる思いで、怪しげな動きを見せていた女軍人の傍についたはいいものの、とんでもないことになってしまった。とは言え、この地獄絵図を生きてくぐり抜けるには、彼女のような強者の傍で身を守る他ない。
 善良なパイロットにはちーっとばかし荷が重くねえか? そうぼやきたくなるのは致し方ないが、今さらどうもこうも言ってられない。
「うわっ!?」
 軍用機から放たれたミサイルが目の前の道路に着弾し、激しい爆炎を上げた。舗装が抉れ、高所を繋いでいた道は真っ二つに分断されてしまう。引き返そうにも、今さら帰れる場所はない。女軍人は道路を見て、それからちらりとサッズを見た。そして。
 ピン、という音と共に女軍人の姿に青い光が走った。先ほど列車の中で何度か見たものだ。重力を操るらしいその装置で、彼女は幾度も戦況を有利に変えるのを見た。ただし、この力を振るっているのは彼女一人きりだ。この状況化で使うのならば、対岸に渡るためというのは容易に想像がつくが、そこにサッズの席は空いていない。
 全身全霊の力を持ってサッズは女軍人に飛びついた。こんなところで置いていかれれば、命はないと言っているようなものだ。なんとしてでも、彼女一人きりで行かせるわけにはいかなかった。
「離せ!」
 叫ぶ彼女が、サッズを殴る。とても女の握る拳だとは思えないほど、その一撃は重い。思わず目尻に涙が浮かんだけれども、それでも命に変えられるものではなかった。
 重量オーバーで、装置が動きを止める。慌てて女軍人はもう一度指先を動かしたが、装置は故障してしまったようだった。彼女がチッと舌打ちするのは分かったものの、サッズとしては置いていかれる心配がなくなってほっとしたところだ。
 とは言え、道は相変わらず途切れたままだ。さてどうしたものか。考え込むサッズの視界に、軍用機がこちらに近づいてくる様子が映り込んだ。
「姉ちゃん、あっちから行けそうだぜ」
 その移動ルートならば、サッズにも同行の余地がある。女軍人は微かに逡巡する素振りをみせたが、それ以外に道がないことを理解したのだろう。まもなく、赤いマントを翻して階段を登ってきた。
 ――これからどうなるもんかね。
 パララララ、とどこか作り物めいた銃撃の音を背景に、サッズは途方に暮れたくなる。アフロの上で、ひなチョコボが「頑張って!」と言わんばかりにピイ、と鳴き声を上げた。
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