2017.04.20 執筆
2018.03.03 公開

fall in

 パージ政策。それは、異跡に残されたファルシに汚染された人々を”下界に移住させる”政策のはずだった。少なくとも、私たちにはそう聞かされていた。
「俺たちも手伝うぞ」
「そうだ、このまま黙ってられるか」
 爆炎と硝煙の匂いがしていた。遠くでも、近くでも銃声が鳴り響く。
 ”下界に移住させる”はずの人間が”次々に殺されていく”。ここまでくれば、ただの一般市民であろうとも、聖府の狙いが読めないわけがなかった。聖府は汚染されたと疑わしき人々を皆殺しにしようとしている――今は辛うじて生き延びてはいるものの、抵抗しなければ私たちも殺されてしまうのだろう。
 だからこそ、若い人たちが率先して武器を握るのを見て、自分も、と立ち上がった人々が出てきたのだ。
「けどな……」
 バンダナをした大柄な男が、困ったように隣のオレンジ髪の男の人を見た。彼らは率先して武器を握り、防衛戦線を作ってくれている。命を張って、私たちを守ろうとしてくれているのだ。そんな人たちばかりに危険を押し付けて、むざむざ座っているだけでいいのだろうか。自分の守るべきものは、自分の手で守らなければならないのではないだろうか。
「頼む。やらせてくれ」
「わかった。戦える奴は手を貸してくれ」
 私は、傍に座っていた息子を見た。
 少し気が弱いところもあるけれど、優しい子だ。思春期に入って、仕事漬けのあの人に噛み付くことばかりになってしまったけれど、いつかきっと分かってくれる日が来ることを信じてる。
「母さん?」
 ――その未来を、自分の手で掴み取る。
「大丈夫」
 フードの下の不安そうな表情が揺れる。そんなあの子に、私は笑って立ち上がってみせた。
「いいのか」
 私の左手の薬指にはまる指輪を見つけたのだろう。バンダナの男が気遣うように声をかけた。
「母は、強しよ」
 二十そこそこくらいの若い人に任せっぱなしじゃ、大人の名が泣くわ。握り締めた銃の感触は慣れないものだったけれど、立ち上がるべき時に立ち上がれる、そういう母の姿でありたいと思った。

   * * *

 しっかりしろ、と朧げな意識の中で叫ぶ声が聞こえたような気がした。なんとか奮い起こした視界の中に、建物に腕一本でぶら下がる、バンダナの男の人の姿が見えた。
 私は……もう、助からない。刻々と霞がかかっていく視界が教えてくれる。
 あなたは責任に思わないでちょうだいね。私は、私の守りたいものを守るために立ち上がったのだから。けれどたった一つ、心配事があるとするならば。
「あの子を……、お願い……」
 うちに帰れれば、あの人がいる。だから、せめて、それまでの間だけでも。
 唇から絞り出した声は、届いたかしら?
 ゆっくりと重力に引きずり込まれていく体をどこか他人事のように思いながら、私の世界は暗闇の中に落ちていった。
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