2016.04.13 執筆
2018.03.03 公開

仏頂面の彼女の理由

「だから、笑ってください。僕は、あなたの笑顔が好きだから」
 はっと息を呑んだ、驚きの表情がそこにはあった。直後、ヴァニラの顔が熟れた林檎のように真っ赤になる。――まさに、青天の霹靂。降って沸いたホープの告白に、ヴァニラは分かりやすく狼狽えた。
 くつくつと小さな肩が震えた。どうやら笑いを堪えているらしい。そんなホープの仕草に、一連の言動が彼による小さな悪戯だと気がついたヴァニラは、恨めしげな表情になって。
「……からかった?」
「おあいこです」
 小型犬のように飛び跳ねていくその背中に、怒り半分。肩透かし半分。そんな面持ちでヴァニラもまた追いかけていく。少女と少年の軽やかな声が、ヤシャス山に木霊した。
 ――そんな一連のやり取りを、少し離れたところから眺めている人物がいた。
「おーっ、やるなあ、ホープ」
 にやにやと楽しそうなのは巨体にコートを纏った男だ。もちろんパーティ内でそんな風貌をしているのはスノウしかいない。青春の一ページ。まさにそんな場面を目の前で見せ付けられて(その当人も青春の真っ只中にあるような性格をしていることを言ってはならない)スノウは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。隣では、いつも以上に仏頂面をしたライトニングの姿がある。その横顔に「面白くない」という文字が透けて見えて、スノウは思わずライトニングをからかってみせた。
「そりゃあ義姉さん、ホープだって年頃なんだから一人や二人、気になる女がいたっておかしくないぜ」
 ずっと今まで義姉さんと一緒にいたんだ。そりゃあ、姉弟のように思うこともあるだろうが、そこんとこは見守ってやらなくちゃな。
 にかっ、と小気味よく笑う。そんなスノウの言葉を前に、ライトニングは低く唸るように返事した。
「誰が姉弟だ。私の肉親はセラだけだ」
「そ、そりゃあそうだけどよ。何もそこまでマジになって怒らなくても」
「うるさい。おまえが余計なことばかり言うからだ」
 ね、義姉さん~。情けない声が上がる。確かにライトニングの肉親はセラただ一人であって、実際にセラもライトニングも互いのことをとても大切にしていることはスノウだって重々理解している。しかし、ライトニングとホープの仲もけして悪いわけではないのだ。それどころかホープはライトニングのことを、パーティ内では恐らく誰よりも尊敬して、まるで師のように慕っている。対してホープを見つめるライトニングの眼差しもまた、柔らかいということは、パーティ内では誰もが周知の事実のはずだ。それを姉弟と例えるスノウの心理はあながち間違ってはいない。
「ふん」
 そっぽを向いて立ち去ろうとするライトニングの後ろ姿に、ここにきてようやくスノウはぴんときた。そして、よせばいいのに軽率に口を開く。
「あっ、義姉さん、さてはヤキモチ――ぶぐおっ!」
 後半は言葉にすらならなかった。ライトニングのストレートパンチが彼の腹部に直撃したからである。
「ひ、ひどいぜ、義姉さん……」
「誰がヤキモチだ!」
 肩をいからせながら、声を荒げる彼女の頬は薄らと赤く染まっていて。
 ……ああ、こりゃもしかしてマジなのかも。分かりやすいライトニングの反応に、スノウはようやく得心した。
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