2019.12.01 公開

#22

「体は大丈夫なのか?」
「不思議と調子がいいんだ。きっと、モーグリのみんなが頑張ってくれたおかげなんだと思う」
 心配そうなエクレールを前にホープが口にした言葉は嘘ではなかった。チョコボと共にホープを連れて里に到着したエクレールは、モーグリたちに頼み込んで、たくさんのおまじないをホープにかけ続けたらしい。
 モーグリのおまじない。それはささやかながらも、対象者に祝福を与える妖精の力だ。二年前、魔物との戦いで大怪我を負ったエクレールもまた、彼らの力で救われた。あの時は体の治癒だったが、今回は勝手が異なる。効くかどうかは一か八かの賭けではあったものの、エクレールの判断は間違っていなかったのだ。
 帰ってきて口調がすっかり変わってしまったエクレールを前にモーグリたちは驚いたようだったが、彼女が必死であることが分かるや否や、協力を惜しまなかった。元来、陽気で気のいい妖精たちなのだ。
 ホープはすぐさまエクレールの家に運ばれた。キノコの家は人間には小さすぎるので、里にあった横穴を利用して作られたものだ。必要最低限のものではあったけれど、生活をするためには十分なものが揃えられている。
 ベッドに横たえられ、モーグリたちからの祝福を受けたホープは、丸々三日眠り続けてから目を覚ました。臓器などにダメージはなく、体は至って健康そのもの。むしろここまで走り続け、看病続きでほとんど眠れなかったエクレールの方が消耗しているという具合だった。
 そんな彼女も仮眠を取って、身なりを整え、落ち着けるようになったのが先ほどのことだ。その頃にはモーグリたちの手製のキノコ料理を差し入れてもらい、ホープはすっかり元気になっていた。
 それでもエクレールにとってはこの三日間の意識のないホープの印象が強いのだろう。彼女が何かとホープの世話を焼きたがるのは仕方のないことと言えば仕方のないことだった。やれ怪我はしてないか。腹はすかないか。無理はしていないか。終始そんな調子だった。
 淡白なように見えて、その実とても身内想いで心配性なのが彼女の元来な性分だ。ホープの一挙動一挙動を見守って世話を焼こうとするエクレールのいじらしさには(おまけにとてもレアな表情だ)、男心ながらにぐっとくるものがある。
「むしろエクレールの方が看病疲れしてるんじゃないの?」
 仮眠を取ったとは言え、ホープが目を覚ますまでの間ほとんど休んでいなかったというくらいだ。まだまだ寝足りないのではないだろうか。そう口にするホープを前に、エクレールは緩く首を振って答えた。
「……今はホープの傍にいたいんだ」
 気の強い彼女が、すっかりしおらしくなって上目遣いにそう口にしてくるのだ。エクレールのこんな可愛い姿を見ているのは、世界中を探しても自分一人だけに違いない。そう思うと、愛しさがこみ上げてきてたまらない気持ちになる。
「エクレール」
「どうした、ホープ?」
 名前を呼べば、不思議そうに彼女が体を屈ませる。ベッドに座るようにぽんぽんと手で示すと、エクレールはホープの指示通り素直に腰掛けてみせた。そうして具合がちょうど良くなったことを確かめると、ホープは彼女にキスをする。
「……ッ…!!?」
 直後、エクレールの顔が茹で蛸のように真っ赤になるのが分かった。どうやら想定していなかったらしい。一応予備動作はしたつもりではあったのだけど。
「ほ、ホープ……っ」
「駄目だった?」
 小首を傾げると、彼女は唇を引き結んで悔しそうな表情になる。
「そうじゃないっ! こういうのは、ムードとか……その……、えっと」
 口にしながら、自分でも訳が分からなくなってきているのだろう。とは言え、彼女の反応から察するに、嫌がられているわけではないらしい。
「じゃあ宣言したらいいかな。……エクレール」
 名前を呼ぶ。そうすると、まるでエクレールは蛇に睨まれた蛙のように硬直するのが分かった。
「キスするよ」
 彼女の無防備な唇に唇を合わせる。アイスブルーの瞳と目線が合った。目を細めて笑うと、彼女はやっぱり悔しそうになる。
「おまえばっかり、腑に落ちない」
 真っ赤な顔色のまま、エクレールはすっかり不満そうだ。じゃあ、どうすればいいの? そう尋ねれば、エクレールはそわそわと誰もいない部屋の中を見渡してから、零すように吐息を吐いた。
「……私だってホープにキスしたい」
 なぜ頭を抱えているんだ。呆れたようなエクレールの視線を前に、ホープはノックアウト寸前だ。
「こんな可愛い生き物がこの世界に生きているという奇跡を今すぐ叫んで回りたい」
「おまえは馬鹿なのか?」
 心底呆れた表情だ。ころころと表情を変えるエクレールは見ていて飽きることがない。このままずっと目にしていたいくらいだ。思わず口元を緩ませるホープを前に、エクレールは「何をにやにやしているんだ」と半眼になった。
「キスしてくれるんじゃないの?」
 そう尋ねてみれば、改まった空気にエクレールが落ち着かないように咳払いをする。
「……目を瞑ってくれ」
「はい」
 彼女からのキス。羽が触れるような優しい触れ方に、悪戯心が沸いた。そのまま薄く開かれた口の隙間から舌を差し込むと、驚いたようなアイスブルーの瞳と目線が合う。
 目を閉じてなかったな。まるで恨み言が聞こえてくるかのようだ。その視線を無視して、エクレールの唇を深く貪れば、負けじと言わんばかりに彼女からも反応が返ってくる。
「……っ」
 触れる度にキスは深くなる一方だった。まるでお互いの反応を確かめ合うかのようだ。歯の裏側をなぞり、舌を絡ませ合って、お互いの口内を貪り合う。しっとりと濡れた唇を離した時には、お互いすっかり息も絶え絶えになっていた。
「ホープ」
 その濡れた響きに、どきりと心臓が音を立てる。
 潤んだ瞳に蒸気した頬。ほつれた髪を頬に貼り付けた彼女は、酷く扇情的な姿だった。このままいくと流石に自制が効かなくなる。こみ上げてくる欲望を堪えるかのように、ホープはエクレールの肩に手を置いた。
「エクレール、これ以上は……」
「ホープは嫌か?」
 何を、と彼女は言わなかった。だけど、この場においてその質問の答えは一つしか有り得ない。
 怖くはないのか。その言葉は寸前のところで飲み込んだ。彼女がアルフレッドに乱暴されたのはほんの数日前の出来事だ。いくら気丈に接していても、あれが彼女の中で暗い影を落としているということには違いない。
 怖かっただろう。痛かっただろう。トラウマになっていたとしても何らおかしくない。
 傷も満足に癒えきっていない彼女に無理をさせることはホープの本意ではなかった。
 そんなホープの迷いを読み取ったように、エクレールは緩く首を振る。そうして彼女は、自らの衣服に手をかけると、そのままひと思いに上着を脱ぎ捨てた。
「え、エクレール……!?」
 驚きに目を白黒させるホープを他所に、エクレールは迷いのない仕草でどんどん衣服を取り払っていく。スカートを抜き取り、その下に履いていたスパッツも躊躇なく落とす。そうして下着姿になった彼女は、白い肌の上にいくつも歯型のかさぶたを残したまま、まっすぐにホープを見上げてみせた。
「私はホープが欲しい。……もう、二年も待ったんだ」
 かつて彼女がライトニングであった時、一度だけホープと『そういう』空気になったことがあった。
 心と体の成長が追いつくまで待っている。そう口にした約束のことを、彼女はちゃんと覚えていたというのだ。
「それともこんな体じゃ嫌か……?」
「そんな訳ないっ!」
 痛々しい歯型の残る体を見下ろしたエクレールを前に、ホープが力強く否定してみせる。
「エクレールは綺麗だ。……こんな、僕には……勿体無いくらい」
 寧ろ僕でいいのか。執念深くて、おまけに嫉妬深い。あなたに付けられたその傷さえもすべて上書きしたいと思ってすらいる。
 エクレールは知らないだろうけど、僕はあなたが思っている以上に強欲なんだ。
 そこまで口にして、ホープは呻き声を上げた。
「あなたを最後まで手に入れてしまったら、きっと最後の枷が外れてしまう。こんな僕が……」
 ホープの言葉は最後まで音にはならなかった。その唇をエクレールが自身の唇で塞いだからだ。
「私はホープが欲しい。ホープは私が欲しい。それ以外の理由なんて必要あるのか?」
 囁くようなその言葉に、胸がいっぱいになる。ホープは緩く頭を振った。
「そう、だね……」
「大体おまえは考えすぎだ。もっと素直に行動できないのか」
 呆れたような彼女の言葉。だけど、そういうエクレールの方だって思いつめてしまう性分であることは分かっている。
「それはエクレールに言われたくない」
 恨みがましいホープの眼差しを払うように、エクレールは笑う。
「……私はもう、そういうのはやめたんだ」
 迷うこともあるだろう。他人からすればつまらない悩みかもしれない。些細なことで躓いてしまう時だってある。……だけど。
「一番大切なものが分かったから。私はもう、迷ったりしない」
 そう口にしたエクレールはまるで憑き物が落ちたようにさっぱりとした表情だった。凛とした眼差しが、ただまっすぐにホープに向けられている。ホープが憧れて、恋焦がれた彼女の一面がそこにはあった。
 だから、ホープ。そう口にして、彼女はうっとりするほど綺麗な表情で微笑んでみせた。
「――私を抱いてくれ」

   * * *

 ぎしり、とベッドが軋む音がしてエクレールの上にホープが覆いかぶさってくる。
 私一人が脱いでるのは恥ずかしいから。そう口にしたエクレールにならって、彼もまた放り投げるようにして衣服を落としていた。
 均整の取れたしなやかな筋肉が視界に飛び込んでくる。エクレールは元軍人だ。男性人口の多い職場だったこともあって、上半身裸の男なんて腐るほど見てきたと自負できるが、それを抜きにしてもホープの体は綺麗だと思った。
 そっと指先で彼の胸を辿る。とくり、とくりと心臓が鼓動を打っているのが分かる。ホープが生きている証だ。噛み締めるようにその音を聞いていると、彼は困ったようにエクレールを見下ろしているのが分かった。
「ホープ?」
「僕も触りたいんだけど」
 それはこの場において、エクレール以外何者でもないだろう。なんだか急に気恥ずかしくなって、エクレールは動きを止めた。これ幸いにと下着のホックにホープの手が伸びてくる。
 器用なもので、彼は留め具に手が届いたと分かるや否やいとも簡単に外してみせた。抑える力がなくなって、急に胸元が頼りなくなる。
「んっ」
 首筋にくすぐったい感触を感じて、思わずエクレールは身を捩った。ふわふわとしたプラチナブロンドの髪が揺れている。ホープが首筋に唇を寄せたのだ。
 同時に彼の指先は、解放されたエクレールの脇腹の下をなぞっていた。特にくすぐったがりという訳でもなかったのだが、首と脇を同時に触れられるとなんだかむずむずしてしまう。思わず身を捩るエクレールを前に、ホープはすっかりかさぶたになった傷口に触れた。
「……酷い」
 こうして服を脱いでしまえば、アルフレッドに噛み付かれた場所がよく分かる。彼は見せつけるように歯型をつけていったのだからなおさらだ。エクレールの白い肌の上に残る痛々しい痕跡に、ホープは眉根を寄せる。
「痛かったら言って」
 その歯型の上を、まるで刻印し直すようにホープが唇を寄せていく。あの時はただ、嫌悪感と痛みが体の上を這いずり回るだけだった。だけど、ホープに触れられるとまるで性質が変わってくる。
 まるで未知の感覚に誘われて行くかのようだった。
 唇と舌で、ホープは優しく傷口に触れていく。同時に指先がエクレールの乳房に触れた。まるで感触を確かめるかのように掬い上げられれば、彼の動きに合わせてそれは自在に形を変える。触れられながら、次第に自己主張を始めた先端部分がじんじんと疼く感覚があった。もどかしさに思わず腰がうねる。彼はエクレールの足の間に体を割り込むと、充血して張り詰めた先端部に唇を寄せた。
「っあ……!!」
 そのあまりの心地よさに、思わず背がしなり、高い声が零れ落ちた。
 慌てて声を堪えようとするエクレールとは対照的に、ホープはなんだか嬉しそうだ。
「あっ、ぅ、ホープ……それは……っ」
 彼の唇が触れ、舌先でまるで飴玉のように転がされると、どうしていいのか分からなくなってしまう。ぴりぴりと痺れる電流のような心地良さが腹の奥から立ち上ってくるのが分かって、エクレールはたまらず体を震わせた。ちゅっと音を立てて吸い上げられる。
「ふぁっ!?」
 その甘い刺激に思わず高い声が上がる。涙目になってホープを睨むも、彼は相変わらず熱心に胸元に吸い付いている。
「そんな、胸ばっかり……」
「いいって顔をしてるよ」
「嘘」
「本当」
 伸び上がった彼が、エクレールの瞳を覗き込んでキスをする。そうやって触れられるのは好きだ。思わず目を細めたところで、エクレールは足の間に割り込んでいたホープの膝が熱く疼くその場所に触れていることに気が付いた。
「あ……」
 汗ばんでいることを加味しても、その場所は明らかに湿り気を帯びている。
「こっちが良かった?」
 腹の上をなぞった手のひらが、その場所に下りてくることを自覚して、エクレールは期待に震えることしかできなかった。下着を身に着けていても、今その場所が大変なことになっているのが分かる。そこにホープの指が届こうと言うのだ。
「っ」
 柔らかい指の感触がその場所に軽く触れた。たったそれだけのことなのに、まるで電流でも流されたかのような心地良さだった。
 縋り付くようにホープの体に手を伸ばす。熱を孕んだエメラルドグリーンの瞳が、過敏に震えるエクレールを見下ろしていた。
 その瞳に囚われてしまうと駄目だ。……この人のが欲しい。体の中で燻っていた熱が、まるで勢いを付けて噴き出してくるかのようだった。ホープの指先が、下着の上から熱くぬめるその場所を撫でる。もうそれだけで、エクレールのそこはホープに触れて欲しくてたまらないとでも言うように、期待にぬかるんでいく。
 もはや下着は下着としての機能を失っていた。ホープの指先が、最後の布切れを取り払う。期待にぬかるむその場所は、早くホープのものを挿れて欲しいと叫ぶかのように、愛液を滴らせている。その入口を確かめるかのように、ホープの指先が触れた。
「指を挿れるよ」
「んっ」
 ぐちり、と人差し指が飲み込まれていくのが分かる。案外あっけなく吸い込まれていった感覚に、エクレールは微かに安堵をした。これなら大丈夫。根拠のない安堵は、まもなく理性ごと打ち砕かれることになる。――ホープが指先の本数を増やしたのだ。
 ぬかるむその場所に、増やされた指先がばらばらの動きをしながら挿入を繰り返す。引いては押して。また引いて。狭い場所をまるで押し入っていくような感覚に、今すぐ叫び出したくなる。さざ波のようなその感覚が、エクレールの中から噴き出そうとするまさにその寸前のところで、指先は引き抜かれた。
「ホープ……ッ」
 もう少しで高みに登り詰めることができたのに。思わず恨みがましい声が溢れそうになったところで、エクレールはまるで獣のように息を荒くしているホープと視線が合った。
「……もう、いいよね」
 それは確かめるというより、言い聞かせるような言葉だった。
 今すぐこの熱を、奥の底までねじ込みたい。まるでホープの欲望が伝わって来るかのようだ。期待に濡れるエメラルドグリーンの瞳は、もはやすっかり雄のそれだった。ごくりと唾を飲み込む。ようやく今、エクレールとホープは結ばれるのだ。
「僕も初めてだから、うまくできるか分からないけど……きっと、始まったら止まれない。だから、覚悟して」
 熱い吐息が零される。彼の汗がつうっと胸板の上を流れていくのがやけに官能的だと思った。ホープのこんなしどけない姿を初めて見る人間が自分なのだということが、ただ素直に嬉しかった。
 エクレールはぎゅっと彼の首に手を伸ばした。裸の胸が彼の胸板に押し潰されてぴったりと寄り添うのが分かる。その人肌の心地良さに思わず目を細めてから、彼に言い聞かせるように口にした。
「ホープじゃなきゃ、嫌なんだ」
 ホープ以外には考えることなんてできない。……ずっとずっと、この時を待っていた。
「私の中にきてくれ」
 ホープ。そう名前を呼び終わるか終わらないか、そのギリギリのところだった。すっかり血が通ってがちがちになったホープの熱いものが、エクレールの中に突き立てられる。
「~~~ッ!」
 指で慣らしていたとは言え、思わず仰け反りたくなるほどの質量だった。狭いエクレールの中を、ひと思いに切り開いていくかのようにホープは進んでいく。心地が良いというよりは、寧ろ、痛みの方が勝る行為だった。強く唇を噛み締めるエクレールを他所に、それはねじ込むように奥まで進んでいく。そうして彼は大きく息を吐いた。
「気持ち良すぎて……意識が飛びそう」
 それでも辛うじて踏みとどまっているのだろう。ホープは堪えるように、ぐっと強く両目を瞑っている。
「本当?」
「うん。ちょっと気を抜くと、駄目かも……っ」
 でも、できれば一緒に気持ち良くなりたい。呟くように彼はそう口にした。
「初めてだから、なおさら」
 そう口にして、眉根を寄せるエクレールの額に唇を寄せる。お互いに不慣れとは言え、心地良さの中にあってもエクレールを気遣おうとするその気持ちが嬉しかった。
「も、無理……動く、動くよっ」
 ずくん、と腰が振動する感覚があった。
 奥まで入り込んでいたホープの腰が引いて、再びエクレールの中に入ってくる。彼は言葉の通り、ギリギリまで我慢をしてくれていたのだ。
「っ」
 太くて、熱いホープがエクレールの中を出入りしてくのが分かる。もはや結合部はどちらのものとも判断ができない体液でどろどろだ。余裕を失い、手加減もへったくれもないホープの挿入に、痛みを塗り替えるようにして新しい感覚が沸き上がってくるのが分かった。
 体が揺れる。ホープの汗が飛び散る。動きに合わせて足を絡めれば、いっそう彼は深く腰を落としてくる。
 ほとんど無意識にエクレールは彼の名前を叫んでいた。ホープもまた、応えるようにエクレールの名前を呼ぶ。
 互いに高まり合うことを感じ合って、エクレールとホープは手のひらを握り締めた。いっそう深いところを、抉るようにホープが腰を落とす。その最後の高まりに体を寄せ合って――二人は仰け反るようにして果てたのだった。
「……夢みたいだ」
 体の中にはまだホープの余韻が残っている。彼はエクレールの体の上で上半身を起こすと、どこか夢見るような眼差しで見つめてみせた。
「夢じゃない。私もホープもここにいて、繋がっている」
 こんなに近くでホープのことを感じられる。なんだか幸せすぎて蕩けてしまいそうだ。このままバターみたいになって、ホープ一緒にいられたらどれほど幸福だろう。
 流行りの曲のような陳腐なフレーズが頭の中に思い浮かんでしまって、エクレールは思わず苦笑した。そういうものはちゃらちゃらした恋愛脳が生み出す言葉だとさえ思っていた。陳腐、というのは、言い換えればそれだけ多くの人に昔から愛されてきたとも取れるのだろう。
「なあ、ホープ」
 しっとりと汗ばんだ頬に手を伸ばせば、まるで大型犬みたいにホープが気持ちよさそうに目を細める。釣られるようにして、エクレールもまた微笑んだ。大好きな人の傍にいられる。それは、なんて夢みたいな奇跡なのだろう。
「愛しているよ」
 その言葉は、するりとエクレールの口から滑り出した。
「……なんて顔をしているんだ」
 ごく自然に伝えられた。エクレールとしてはそう思ったのに、愛を捧げたはずのその当人は何やら信じられないものを見たと言わんばかりにあんぐりと口を上げている。
「エクレールに先を越された」
「なんだ、不満なのか」
「不満じゃないけど、僕から先に言おうと思っていたのに!」
「不満なんじゃないか」
 大人になったというのに、頬を膨らませて恨めしげな表情をしている。そういう顔をしていると少年の頃の面影が残っているなと思った。
 でも、今となってはそんなものはどちらだっていいのだ。大人でも、子供でも、ホープはホープなのだから。
「そう言えば、敬語はやめたんだな」
「……言われてみれば」
 本人も気がついていなかったらしい。考えてみれば、お互いに必死だったからそんなことに気が付く余裕もなかった。
「なんだか癖みたいになってたんだけど……今はこっちの方がしっくりくる気がする」
「そうだな。私としてもその方が嬉しいよ」
「呼び方はどうしようかなって思ったんだけど」
 すっかり後手になってしまったものの、エクレールはすでにライトニングの頃の記憶を取り戻している。あれほど記憶を取り戻すことを怖がっていたというのに、我ながらあっさりとしたものだった。必死だったといえばそれだけの話なのだが。
「どっちだっていいさ」
 エクレールの言葉の真意はホープに伝わったようだった。
 エクレールはライトニングで、ライトニングはエクレールだった。別々のようで、その実同じ心を持った一人の人間なのだから。
「そうだね」
 でも呼ぶには不便だから、エクレールって言わせてね。ホープはそう口にして、目を細めてみせた。
「だって、コードネームよりそっちの方が家族みたいでしょ?」
「確かにそれはそうだな」
 ホープの言葉に頷いて答えてみれば、彼は蕩けるような優しい表情になってエクレールのことを見下ろした。
「愛しているよ、エクレール」
 その響きと視線にぞくりと体が震えるのが分かった。愛する人に愛を囁かれる。それがこんなにも嬉しくて、どきどきするものだなんて。
「……不意打ちで……締め付けない、で……っ」
「だ、だって」
 こればかりはどうしようもないではないか。ホープは中にいたままで、そんな状況できゅんとさせられるようなことを言われてしまったのだから。
「……もう休憩はいいよね?」
「あっ、ちょ、ちょっと……!」
 慌てるエクレールの体から、ゆっくりとホープが引き抜かれるのが分かる。とろりと溢れる白い体液の生々しさに思わず赤面したところで、彼のものが再び大きくなっていることに気が付いた。慌てるエクレールを他所に、ホープは手際よく体をうつ伏せにしていく。
「今度は最初から手加減なんてしないから」
「待てホープ。この姿勢は……!」
 制止の声を上げるも、ホープがエクレールの腰を掴む方が早い。
「んんっ!」
 そのまま一気に奥まで挿入された。体制が変わったたためか、先程よりも深くホープのことを感じる。
 もはや痛みはほとんどなかった。まるでホープのものを受け入れる場所のように、彼のものがぴったりと収まる感覚さえある。
「はあ……っああ!」
 高く持ち上げられたその場所が揺さぶられて、掻き回されて。先ほどの動きよりも一層激しさを増したホープの腰使いに訳が分からなくなりそうになる。
「ここ、エクレールの……感じる……っ」
 ぐち、と動く感覚があって、その擦れる感覚に叫び出してしまいそうだ。いやいやと首を振るエクレールの高まりを感じ取るかのように、ホープがその場所ばかりを責め立てる。
「やっ……あ、ん! ホープ、ホープッ!」
 がくがくと大きく震えながら、エクレールは彼の名前を呼んだ。そうすれば、応えるように彼もまた名前を呼び返してくれる。
「愛してる……!」
 その心からの叫び。応えるようにしてエクレールもまた愛を囁いて、白く光るその向こう側へと意識を投げ出したのだった。

   * * *

「クッ、クポ~~~~~ッ!」
 夜行性のモーグリたちが寝静まる静かな昼下がり。その真っ只中に里を揺るがしたモーグリの声に、まどろみの中にあったエクレールとホープは飛び起きた。
 二人、顔を見合わせる。とにかく服を着よう。飛び跳ねるようにして行動を開始したところで、かくりとエクレールの膝が折れた。
「た、立てない……」
 明らかに腰の使いすぎだった。慣れない格好で長時間動き続けたこともあって、まともに立ち上がることすらままならない。
「すまない、ホープ。私は動けないから、代わりに様子を見てきてくれないか?」
 こうなってしまってはどうしようもない。諦めてベッドの中に座り込んだエクレールに服を手渡して、ホープは苦笑した。
「エクレールと結ばれたのが嬉しくって、ついやりすぎた。戻ったらマッサージするから」
「ああ。それよりも、念の為にブレイズエッジを持っていってくれ」
 エクレールの言葉にホープは頷くことで返事した。身に着ける手順が複雑なジャケットを、ホープは手際よく身に付けていく。そうしてエクレールの言葉通り、彼はブレイズエッジを腰に結わえ付けた。
「ホープ」
 今すぐ飛び出していきそうな勢いの彼の腕を引っ張って、その唇にキスを贈る。
「……気を付けて」
「うん。僕の帰ってくる場所はエクレールだけだから」
 いってきます。そう口にして、ホープは横穴に据え付けられた扉から出て行った。ほどなくして、里の中央部にモーグリたちが群れをなしていることに気が付く。
「どうしたの?」
 その近くへと歩いていけば、眠っていたはずのモーグリたちはホープの姿を認めて、口々に声を上げた。
「あっ、ホープ!」
「具合は大丈夫クポ?」
「エクレールは元気クポ?」
「ちゃんと寝れたクポ~?」
「この子もホープたちのこと、心配していたクポ」
「クエッ! クエ~~ッ!」
 中には、ここまでエクレールとホープを連れてきた立役者でもあるチョコボもいる。
「僕もエクレールも大丈夫だよ。それよりみんな、こんな時間に集まって、何かあったのかな」
 ホープの言葉に、白と赤のワンピース風の衣装を身につけたモーグリが、クポ! と短い手を振り上げた。
「里の上に大きなお船がやってきたクポ!」
「……船?」
 思わず首を傾げるホープに、続けるようにモーグリたちが声を上げる。
「クポ~! あんなの初めてクポ!」
「シャオロングイみたいにおっきいクポ!」
「崖の近くに止まって動かなくなったクポ~」
 要約すると、里の上空付近に船が停泊しているということらしい。モーグリの里は基本的に樹木に覆われていて、昼間でも薄暗い。一箇所だけ、里外れに外を様子が伺えるポイントがあるのだが、どうやら夜更かしならぬ昼更かしをしていたモーグリが異常事態に気が付いたらしい。
 こんなの初めてクポ! そう声を上げるモーグリにならって、ホープは樹木に足をかけた。そのまま枝を掴んで、まるで猿のようにするすると登っていく。まもなく樹木のてっぺんへと辿り着いた。
「あれは……?」
 見覚えのあるロゴが大きくプリントしてあることに気がついて、ホープ目を瞬かせた。あれはアカデミーの調査隊を示すロゴだ。調査隊の関係者がこんな辺鄙な場所にわざわざ飛空挺を持ってくるのか? そこまで考えて、ホープは心当たりに気が付いた。まさにそのタイミングの出来事だ。
「クポ~! 帰ってきたクポ! エクレールとホープはどこクポーッ!」
 よく通るその声に続くようにして、若い女性の声も聞こえる。
「お姉ちゃんー! ホープ君! 私だよ! どこにいるの!」
「クポッ!? モグの声がするクポ!」
「知らない人の声もするクポ?」
「魔法のいばらを越えて来たクポ!?」
「クポ~ッ! おっきな人がやってきたクポ!」
 モーグリたちがいっせいにざわめき始める。その先には、見覚えのあるポンポンを揺らしているモグと、数日前に別れたばかりのスノウ、そして、信じられないことに妊婦のはずのセラまでいる。
「ホープ君!」
 モグの道案内でここまでやってきたのだろう。調査隊の飛空挺は、恐らくテージンタワーの騒動を収集させる際、スノウが呼びつけたものに違いない。元騎兵隊を吸収合併したアカデミーには、顔なじみの職員が数多くいるからだ。
 魔法のいばらを越えてやってきたセラは目ざとくホープを見つけると、早足でこちらにやってくる。そんな彼女を支えるようにスノウが、そしてモグも続く。
「無事なの!? 大変なことになったって聞いたけど……」
「ええと、セラさん落ち着いて。あまり興奮すると体に障りますから」
「もう待ってるだけなんて絶対嫌だったの。お姉ちゃんが生きてるって、モグとスノウから聞いたんだから!」
 話すまでは絶対に離さないと言わんばかりの形相だ。普段のにこにことした温和な彼女を知っているだけに、その鬼気迫る様子には驚かされるばかりだった。流石はエクレールの妹言うべきなのか、そもそもファロンの血なのか。真相は謎のままだが、後ろのスノウは「こうなったセラは止まらねえからなあ」とすっかり慣れた様子だった。止める気はないらしい。
「エクレールは無事ですよ。今は疲れて、横穴で休んでいます」
「怪我しているの?」
「いや、怪我というか……とにかく無事で元気です」
 大真面目にエクレールの心配をしているセラを前に、腰を酷使しすぎて足腰が立たなくなっているとは流石に言い辛い。言葉を濁すホープを前に、セラは眉根を寄せて、そして。
「……ホープ君、お姉ちゃんの呼び方変わった? それに、ちょっと雰囲気も変わった気がする……」
 ホープの呼称の変更をどうやら聞き流したりはしなかったらしい。相変わらず勘がいいというか何というか。内心舌を巻きながら、ホープはどうするべきか頭を捻った。
 流石にもうエクレールも服は着ているだろう。多少は動けるようになっているかもしれないが、半日はじっとしていた方がいいはずだ。エクレールとしては、立てない理由を妹に知られたくないだろうという想像が付く反面、何も知らないセラは心配するであろうことも簡単に想像が付いてしまう。
 やっぱり事情は話さなきゃいけなくなるよなあ。僅かな時間でそこまで考えて、ホープは心を決めた。そもそもセラもスノウもとっくに成人済みで、今となってはエクレールとホープも条件としては全く変わらない。後ろめたいことなど何一つないのだ。
 結婚を許してくれ。
 コクーンがヴァニラとファングのクリスタルに支えられたあの時、気の早いスノウがセラの肩を抱きながら口にした言葉を思い出す。そうして、エクレールが口にした言葉も。
 今度は立場が逆になるな。それに、義理の家族になるってことは、あのスノウとも身内になるということだ。なんだか色々なことが目まぐるしくなりそうだ。想像して、思わず口元が緩むのが分かる。
「どうかしたのか?」
 ホープの微笑に不思議そうに首を傾げたのはスノウだ。そんな先輩夫婦を前に、ホープは目を細めて答えてみせる。
「セラさんとスノウに伝えたいことがあるんです」
「モグをのけものにしないでクポ~ッ!」
 割り込むかのように、モグが抗議の声を上げて体を滑り込ませてくる。そんな彼に「ごめんごめん」とホープは声を上げた。
 モグだってエクレールの大切な家族だ。その事実は変わらない。
「何だろう?」
 不思議そうに首を傾げるセラとは対照的に、ホープはどこか楽しそうだ。
「すぐに分かりますよ」
 エクレールはどんな反応をするだろう。セラは、スノウは、モグは。それを想像するのは存外楽しい。
 軽やかな足取りで、ホープは彼女の待つ家への道のりを歩き始めた。
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