2019.05.06 公開

#9

 ガプラ樹林の訓練場はパルムポルムから北東の位置に存在する。
 元々PSICOMの生体実験上だった施設を、騎兵隊が引き取ったのが数年前の出来事だ。そもそもPSICOMはパルスの脅威に対抗するための聖府軍直属の特殊部隊であったため、四年前のコクーン崩落と同時に事実上空中分解している。その後、騎兵隊を吸収合併したのが公的研究機関『アカデミー』だ。
 アカデミーはバルトロメイ=エストハイムが提唱し、コクーン臨時政府によって認可されたこれまでにないまったく新しい組織だった。
 パージによって引き起こされた一連の悲劇の轍を踏まないために『ファルシに頼らず、科学の力で社会に貢献する』という理念を掲げたアカデミーは、その活動の中心をパルスやコクーンの外郭の調査と教育に充てている。パルスや外郭の調査となると、軍隊抜きに話は進められない。設立後まもなくして騎兵隊はアカデミーへと吸収される形で合併し、今やアカデミー調査隊と名前を変えていた。
 そういった理由で、ガプラ樹林にあった生体実験場は騎兵隊の訓練場となり、その後アカデミー所有の施設になったというわけだった。
 元は大型の魔物を軍用獣として改造することを目的としていただけあって、訓練場はそれなりの広さを保有している。機械仕掛けの青白い樹林は、照明も相まってか独特の雰囲気を醸し出しているその中で、一人の青年が銃刀を構えていた。
 対峙するのは訓練用の機械工兵だ。パルスのマハーバラ坑道にいるホプリタイを模倣したもので、外装がかなり硬い。両者は睨み合うかのように微動だにしない。まるで間合いをお互いに見極め合っているかのようだ。ジジッと樹林の葉の一枚が点滅した。――その刹那。
 銀色の残像が軌跡を描く。しなやかな筋肉がまるでばねのように流動し、向けられた切っ先が機械兵の接続部位を的確に打ち抜く。がしゃん、がらがら。音を立てて崩れた機械工兵に背を向けて、青年は銃刀をひと振りすると、鞘の中へと収納した。
「ふう……」
 訓練終了。ホログラム映像の文字が浮かび上がると同時に、ホプリタイの姿もまた四散する。訓練用の精巧な立体映像だったのだ。息を吐きながら、青年は額に浮かんだ汗を拭う。
「よう。大した腕前じゃねえか、ホープ」
 訓練場の端から熊のような体を覗かせていた男が、銃刀を振るっていた青年――ホープへと声をかける。同時に飛んできたのは、よく冷えたスポーツドリンクだ。ホープは片手でそれを受け止めて、肩をすくめてみせる。
「見ていたんですか」
「観戦料だ。受け取れ」
「安すぎますよ」
 軽口を叩くホープを前に、「よく言うぜ」と大口を開けて笑いながら、男は歩み寄ってくる。もはやすっかり馴染みになったやりとりだ。以前、ファロン隊に所属していたという彼は、アカデミーに再編されてからというもの、何かとホープのことを気にかけている。
 プルタブに手をかければ、プシュッと小気味の良い音が響く。そのまま勢いよく缶に口を付ければ、喉を伝って体中に水分が染み込んでゆく感覚がある。
「随分使えるようになったじゃねえか」
 彼は主語を口にしなかった代わりに、顎をしゃくって示してみせる。その視線の先には、鞘に収めた銃刀がある。
 鮮やかな赤と黒。そして磨きぬかれた鋼で組み上げられたそれは、かつて政府が聖府と呼ばれていた頃、とりわけ優秀な兵士に支給されたと言われる特注品だった。組み替えれば銃と刀の両フォームを使うことが出来るというその銃刀は、扱うには使用者の器用さが問われ、使いこなすことができたのはほんのひと握りだけだったという。
 ブレイズエッジ。それは、かつて『軍神』とさえ呼ばれたライトニングが愛用していた武器だった。
「そうだといいんですけど」
 腰にぶら下がっているブレイズエッジに視線を落として、ホープは苦く笑う。ルシの旅をしていた頃、ライトニングがブレイズエッジを使う様はよく見ていたが、果たして今の自分が当時の彼女ほど使いこなせているかと言われると、微妙なところだった。筋力はともかくとして、武器を使いこなすという点において、彼女以上にセンスがあった人間はファングくらいしか思いつかない。
「早いもんだな。あれからもう、二年も経つのか」
 ぽつりと零すように口にした男の言葉に、ホープはほとんど無意識に左手を撫でた。指先に硬い感触。二年前に彼女に嵌めてもらった婚約指輪がそのままになっている。
「……ええ」
 ライトニングを喪い、どう歩いていいのか分からぬような状況だったホープは、スノウやサッズ、そして父であるバルトロメイに支えられて今がある。
 激しいショックからか酷く体調を崩した時期もあったものの、なんとか持ち直し、ハイスクールを卒業。晴れて十八歳を迎えて成人となったホープは、そのままアカデミーへと就職していた。自身の強い希望によって、パルスの調査隊に配置されてからというもの数ヶ月。二年という月日は、ホープにとってはまるで矢のように飛んでいった時間だった。
 皮肉なものだ。ライトニングを喪ったあの時、彼女のすべてが薄れて消えてしまうのならば、いっそ時を止めてしまいたいとさえ思っていたのに、時間だけは誰でも等しく流れ去ってゆく。あれほどなりたいと願っていた『大人』になった今でさえ、その実感は薄い。
 それでも二年という月日は確かにホープにとって変化を与えていた。成長過程にあった身長はさらに伸び、とうとう百八十センチに至った。二メートル級のスノウの発育の良さを考えると及ばないが、それでも成人男性としては標準以上だ。顎の肉は落ち、代わりに喉や腕は太くなった。ブレイズエッジを振るえるように訓練を始めてからは筋肉も付いたので、二年前とは見違えるほどだろう。
「そういや聞いたぜ。バレンタインも間際になって、人気ナンバーワンの受付嬢の告白を断ったとか。色男は違うねえ」
「……どこから聞きつけたんですか」
「狙ってた男はごまんといたんだからな。そりゃあ、耳にも入ってくるわけだ」
 がはは、と豪快に笑い飛ばすものの、ホープの表情は微妙なままだ。そんな彼の左手の薬指に嵌ったままになっているリングに視線を向けて、男はぽつりと零す。
「一生、そうやっているつもりなのか?」
「…………今は仕事に集中していたいですから」
 ホープの返答に、男はやれやれと肩を竦めてみせる。
「そんでもって、アカデミーに来て以来有給の一日も使っていなかったおまえが、まるっと一週間もこの時期にどこへ行こうってんだ」
 はっと驚いたようにホープのエメラルドグリーンの瞳が丸くなる。しまったと思っても、時はすでに遅い。すでに表情に出してしまった。
「……誘導尋問しましたね」
「オッサン舐めんな。成人したてなんて、まだまだケツの青いガキみてーなもんだわ」
「まったく、敵いませんね」
 飲み終わった空き缶を握りしめれば、アルミがぱきりと音を立てる。微かな逡巡の後、ホープは呟くように口にした。
「……パルスですよ」
 本当は言うつもりなかったのですが。そこまで口にすると、男はやっぱりか、と呆れたように息を吐いた。
「……ちゃんと帰ってくるんだろうな」
「僕が帰ってこないとでも?」
「さあてな。ただ、目にかけてる後輩がこれ以上いなくなるっていうのは、案外寂しいもんなんだよ」
 問いかけに問いかけで返したホープを前に、彼は肩を竦めてみせる。少しだけ考え込んで、ホープは伏せていた顔を上げた。
「そのつもりではありますよ。僕にはやらなければならない事がありますから」
「やらなければならない事、ね」
 これだから優等生って奴は。そう口にしてばしんとホープの背中を叩くものの、力の加減が下手なのかわざとなのか、絶妙に痛い。顔をしかめるホープを他所に、男はにっと黒く焼けた顔で笑ってみせた。
「んじゃ、俺はもう行くわ」
 そう口にして、さっさと踵を返してしまう。引き際をわきまえているというか何と言うか。要するに聞きたいことはもう聞き終わったという事なのだろう。何とも掴みどころのない先輩の背中を見送りながらホープは眉を下げた。
「……参ったな」
 そんなに分かりやすいつもりはなかったのだけれど。内心そう零せども、現実にこうやって様子を見に来る人間がいるのだから、ホープはポーカーフェイスの自己評価を改めなければならなかった。彼が昔からの馴染みで、事情を知っているという観点を差し引いてでも、だ。
 鞘に納めたブレイズエッジを再び手に取る。豆が擦り切れるほど使い込んだ銃刀は、もうすっかりホープの手に馴染んでいる。一振りすれば刃に姿を変え、銃にも姿を変える。運動センスが乏しいと思っていた自分が、あの人のように使いこなすには無理だろうとさえ思っていたのに、変われば変わるものだ。
「……ライトさん」
 返事などありはしないことは痛いほど思い知っているはずなのに、それでも口にしてしまうその名前。鈍く痛む胸に目を細めて、ホープは南に向かって歩き出した。

   * * *

 コクーンの首都としての機能は、現在パルムポルムに集約されている。かつて花の都とさえ呼ばれた首都エデンは崩落し、十分な機能を果たせなくなってしまったためだ。
 臨時政府にアカデミー。混乱の最中から立ち直るかのようにコクーンの中核になり得る組織が次々に発足し、かつて商業都市として賑わいを見せていたパルムポルムは、少しずつその姿を変えようとしていた。
 窓を開き、ホープは黒いマグカップを手にしたままベランダに足を運んだ。六階にある東向きのベランダは日中は明るく気持ちがいいが、夜はまた違った景色を見せてくれる。十分な電力が確保されて、夜間の節電が解禁されてからはなおさらだ。眼前に広がる色とりどりの光は、いつ見ても圧倒される。
 何せこの光の数の分だけ、人々の暮らしがあるのだ。例えばあの灯の下には恋人たちがいるのかもしれない。仲の良い家族がいるのかもしれないし、もちろんホープのように一人で暮らしている人間もいるのだろう。
 すっかり見慣れた風景に背を向けて、ホープは部屋の中に戻っていった。流しにマグカップを戻してから、狭い室内を改めて見渡す。こぢんまりとしたお一人様向けの1LDKだ。必要最低限の物しかないがらんどうな部屋を横切って、ホープは用意してあったバックパックの中身を確かめた。
 圧縮袋で極力小さくした衣類に携帯食料。水。ロープ。サバイバルナイフに万能工具(懐中電灯が付いているタイプだ)。常備薬。コンパスに地図。ライター。雨具。ノート。ペン。時計。それからポーションといった回復薬がいくつか。念のためにフェニックスの尾を入れておくのも忘れない。他にも細々としたものはあるが、概ねこんなところだろうか。身一つでパルスに放り込まれた時に比べれば、随分と恵まれた装備だ。
 目を閉じれば、懐かしいパルスでのやりとりを思い出す。
 いい加減肉食いたいぜ。そう口にしたスノウを前に、ファングがにやりと口角を上げる。
 んじゃ、ひと狩り行くとすっか。あまりにもさらりとそう口にするものだから、好奇心が刺激されて、よせばいいのにホープが尋ねてしまう。
 何をするんですか?
 そりゃあ、やっぱりベヒーモスでしょっ♪
 ファングの言葉の代わりに続けたのはヴァニラだった。見た目は年頃らしい少女のはずなのに、パルス育ちの彼女は口にする言葉が思いがけず物騒だ。そんな野生児ファングとヴァニラを前に、サッズが「マジかよ」と目を丸くしている。
 コクーン組がパルス組に圧倒されっぱなしの中、一人静かに武器を磨いている人がいる。
 なんだあ、ライト。やる気満々じゃねえか。
 そんなファングの言葉に、ブレイズエッジを磨き上げたその人は、負けず嫌いなアイスブルーの瞳を向けて挑発的に声を上げるのだ。
 そういうことなら腕が鳴るだろう?
 何気ない旅のやり取り。四年も前になる、もはや失われた思い出だ。
 ホープがいた。
 ヴァニラがいた。
 サッズがいた。
 ファングがいた。
 スノウがいた。
 そして、ライトニングがいた。
 家族のようだと笑い合っていた六人は、今や半分も欠けてしまった。ヴァニラとファングはクリスタルへとその身を転じ、崩壊したコクーンを今なお支え続けている。ライトニングは、騎兵隊の任務中に部下を守って死んでしまった。
 永遠に続くものなど何一つないのだ。
 永遠を手に入れるとさえ言われたクリスタルでさえ、それは永い眠りに就くというだけの話であって、けして無限の時ではない。人はいつか必ず終わりを迎える時がくる。ただ、それだけのことなのだ。
 ホープは顔を上げた。
 必要最低限の家具だけが据え置かれた部屋の中は、がらんどうで、まるでホープの心の中を映し出したかのようだった。これから増やしていけばいい。そう口にしていた人がある日突然失われてしまったと同時に、体の真ん中にあった何かがホープの中から抜け落ちてしまった。
 二年前、パルスから帰ってきた直後のホープはほとんど抜け殻のようで、人の言葉を喋る人形の用だったと自分でも思う。意識が朦朧としていたホープを家に連れ帰ってくれたのはサッズで、父には随分と心配をかけた。何せ帰ってきたと思った息子は憔悴しきっており、おまけに突然家を抜け出してみせたのだ。まさか死んだ恋人の部屋にいるとは思っていなかったに違いない。
 ――あれから色々なことがあった。
 セラは無事、元気な男の子を産んだ。今は第二子がお腹の中にいるという。また次も男の子だってさ。そう照れ臭そうにしていたのはスノウで、彼はすっかり父親の顔をして、子育てに協力している。時折ホープの様子を見に来るその顔に少しずつ貫禄のようなものが付き始めたのは、多分気のせいではないだろう。「俺もいい加減落ち着かなきゃな」と子供のように笑っていたスノウが神妙な顔をしていた時は、思わず笑ってしまった。
 サッズは変わらず優秀なパイロットして仕事をこなす日々を送っているらしい。息子であるドッジも随分と大きくなって、今は元気にスクールへと通っているそうだ。そんなドッジの成長を見守ることが何より楽しいのだとサッズは誇らしげだった。
 父であるバルトロメイは相変わらず多忙な日々を送っている。昔は聖府系のシンクタンクで働いていたのだが、場所を臨時政府に変えてからは、ますます仕事が増えたように思う。体を壊さないようにと心配をしているのだが「今が踏ん張り時だな」と苦笑を返されてしまった。事実、コクーンの再建に臨時政府は大きな役割を果たしている。アカデミーもまた然りだ。
 そんな父に恥じない自分でいたい。ハイスクールを卒業と同時に、アカデミーへ就職したのはそういった想いがホープの根底にあったからだ。これからのコクーンを支えていくという選択は、図らずしもクリスタルとなったかつての仲間たちと同じ道だった。
 自暴自棄になってすべてを投げ出してしまうことも考えた。思い描いていた未来が二度と実現することがないと知ったあの日、未来は真っ黒に塗り潰されてしまったように思えたから。
 ホープはライトニングを喪った。だけど、ライトニングが育ててくれたホープ足りえるものは失われていなかったのだ。
 戦う術を教えてくれた。
 前を見る強さを語ってくれた。
 生きる力を与えてくれた。
 ――ライトニングはホープが自分の人生を投げ出すことを望みはしないだろう。それが痛いほどに分かっていたから、ホープはアカデミーに入ったのだ。
 前に進むことをホープは選んだ。だけど、ライトニングのことを過去の人にして忘れてしまいたくはなかった。だから、左手の薬指はあの日彼女に嵌めてもらったのままになっているし、ブレイズエッジだってそうだ。
 部屋はバルトロメイに無理を言って金銭的に援助してもらった。とは言え、この話をした当初はあまりいい顔をされなかったものである。当然だろう。故人の部屋を引き取って、息子がそこに住みたいと言い出したのだから。
 しかしバルトロメイは、けして折れることのなかったホープに援助をしてくれることを約束してくれた。そういった経緯もあって、今この部屋はホープ名義の契約になっている。アカデミーに就職してからは給料が出るようになったので、少しずつバルトロメイに借りた分を返しているところだった。
 不意に、先輩と交わしたやり取りを思い出す。
 なぜ、今になってホープがパルスに行こうとしているのか。彼が疑問に思ったのはもっともだろう。ライトニングが亡くなってからもう二年近い年月が経とうとしている。リングもそのまま、部屋もそのまま。まるで幻影の絡めとられたかのようにライトニングを留めようとするホープが、早まったことをしないかと彼は案じてやって来たのだ。
 結論から口にすれば、それは違う。
 ライトニングの後を追うのであれば、もっと早い内にやっている。生活の基盤を作り替え、職を得て人生の新たなステージに進んだホープが、今更死に場所を探しにパルスへ行くなんてナンセンスな話だ。
 ではなぜ単身、パルスに行くことを望んでいるのか。その答えは、暦を見れば分かる。
 今日は二月十三日。明日は二月十四日のバレンタインデーとなる。
 それはホープにとってのはじまりの日。まだ十六歳だったホープが、なりふり構わずライトニングに想いを告げた忘れがたい日付だった。
「……会いに行くよ」
 忘れない。忘れたくない。
 そうやって彼女の傍に留まることを決めたのは、紛れもなくホープの意思だった。

   * * *

『お疲れ様でした。シートベルトを外して、トランクの荷物をお取りください』
 アナウンスが終わると同時に、機内は俄かに賑やかとなる。手早くバックパックをトランクから取り出して、ホープは出口を目指す人の流れへと加わった。
 それにしても、とホープは談笑している人々に視線を送って、しみじみと苦笑を零した。人間、どこでどう変わるか分からない生き物である。パルスを訪れる度に、常識という『よく分からない誰か』が作り出したものが、如何に不確かなものであったかというのを思い知らされる気分だ。
 パルスはほんの四年前まで、地獄としてコクーン全土に恐れられていた。
 それはファルシによる情報操作だったのだと後にして分かったことではあったものの、当時は『パルスは恐ろしい邪神が支配しており、野蛮なパルス人で溢れかえっている』ということを誰も彼もが信じて疑っていなかったのだ。
 四年前、たまたま母と観光に訪れたボーダムで、たまたまパージに巻き込まれ、パルスのファルシによって何の前触れもなくルシにされなければ、ホープもまた『常識』を信じていたことだろう。ルシの旅は、自分が当たり前なのだと信じていた『常識』が植えつけられた都合のいい情報に過ぎなかったということを思い知った旅でもあった。
 エデンの崩落後、明かされたパージの真実によって、コクーンの人々もまた価値観を変えざるを得なくなった。ファルシ=エデンが滅びたと同時に、コクーンにあった八百万のファルシたちが次々に動きを止めていったからだ。都合が悪いからと秘匿され続けていた情報が明るみになり、それらが人々に大きな衝撃を与えたのは言うまでもないだろう。
 結果、パルスはたった四年で『地獄』から『未開の大地』へと姿を変えた。然るべき手続きさえ踏めば、民間人でさえ飛空艇で行き来できる場所となったのだ。
 ファルシに囲われていた人間は、ファルシが死んで自分の足で立って歩かなければならなくなった。クリスタルの女神たちのおかげで、コクーンは全壊こそ免れたものの、それでもインフラを支えていたファルシを失った影響は大きかった。必然的にパルスから物資を得る必要が出てくると、臨時政府を主体としてガイドラインが制定され、アカデミーを主導としながら民間の企業もパルスに進出するようになっていったのだ。
 平地を利用して設けられた空港に降り立つと、眩いばかりの日光が降り注ぐ。吹き抜ける風が心地いい。見渡す限りの広大な大地は、かつて旅した時とは違って人の手が入るようになったものの、それでも『帰ってきた』という懐かしい感覚があった。
「平原の移動はチョコボが便利ですよ~。いかがでしょうか~?」
 派手な格好をしたチョコボガールの後ろでは、飼育されているらしいパルスのチョコボたちがめいめいに草を食んでいる。車もあることにはあるのだが、道路をアスファルトで舗装できないため(アダマンタイマイたちが歩くと破壊されてしまうからだ)、如何せん乗り心地は保証されない。それに、今回ホープが向かおうとしているのは道が整備されていない場所なので、最初から車という選択はなかった。
「チョコボを一羽、七日間のレンタルでお願いします」
「毎度あり~。気に入った子を連れて行ってね!」
 チョコボレンタルというシステムは民間企業が行っているとのことだが、なかなかよくできたシステムだと改めて感心する。パルスでの移動は人の足ではあまりにも時間がかかりすぎるが、チョコボなら車で通れないような場所も自由に行き来できるはずだ。
 とは言え、一週間というけして短くはない時間を過ごすことになるのだ。できれば、スタミナのある元気な子がいい。ホープがチョコボに視線を向けると、まるでそうされるのを待っていたかのように、黒々とした目のチョコボと目線があった。
「クエー、クエー」
「あらっ、この子あなたと一緒に行きたいそうよ」
「クエッ!」
 そう言われると悪い気はしない。
 毛並みもキレイな子だし、とっても元気よ。チョコボガールの言葉が背中を押した。
「じゃあ、この子にしようかな」
「ご指名ありがとうございま~す♪」
 そう口にして大げさに鳥を模した手を振ってみせたチョコボガールは、にっこりと笑ってみせた。まるで合いの手を入れる様に、後ろでチョコボが飛び跳ねている。
「こういうことってあまりないのよ。お客さん、よっぽど気に入られたのね」
「へえ、そうなんですか」
 そうは言われても、チョコボのレンタルを利用したのは今回が初めてのことなので、いまいち違いは分からない。苦笑を零すホープに、まるで甘えるようにチョコボがくちばしを寄せた。
「一週間よろしく」
 そう口にして首筋をひと撫ですると、「クエッ」となんとも頼もしい返事が返ってくる。こなれたホープの仕草を見て、チョコボガールは驚いたように目を丸くした。
「お客さん、チョコボに慣れているのね」
「昔乗ったことがありまして」
「だったら心配ないわね。エサはギサールの野菜。荷物に乗せておくから食べさせてあげて」
「分かりました」
 水の与え方。休息の取り方。それから寝床。チョコボに関する必要最低限のことだけ告げて、チョコボガールはぱちんとウインクしてみせた。
「それからこの子は女の子だから。紳士的に扱ってあげてちょうだいね!」
「クエッ」
「あはは……」
 どうコメントを返していいのか苦笑を零すホープを前に、チョコボガールはさっさと鞍を乗せていく。あっという間にチョコボの旅支度は終わって、促されるままにホープはチョコボの背に乗った。
「それじゃあ、いってらっしゃ~い!」
 チョコボガールの声があっという間に流れていく。久しぶりに乗るチョコボは、鞍のおかげもあってか以前よりしっかりと跨がれているような気がする。ホープはぐっとチョコボの手綱を握り直した。
 長い足を前に出してぐんぐんと進んでいくチョコボと比例するかのように、平原の風景も流れていく。悠々と平原を闊歩しているのはアダマンタイマイだ。群れを成して走っているのはウルフ。遠くで草を食んでいるのはモコモコだろうか。人間の手が入るようになったとはいえ、パルスは以前と変わらぬ広大な大地をホープに見せてくれる。
「こっちだよ」
 いざ走ってみると、かつてチョコボに乗ってパルスを駆け回った時の感覚が戻ってくるようだった。しなやかに躍動する背中を感じながら、ホープは風を切って進んでゆく。地図はあらかた頭の中に入っていた。目指す方角に手綱を向ければ、応える様にチョコボが声を上げる。
 ホープが目的としていたのは、多くの亀たちが生息するロングイエリアだった。二年前、ファロン隊が活動をしていた場所――ライトニングが消息を絶った場所だ。
 忘れもしない。ライトニングが生きていることに希望をかけて、崖下に降りたあの日。ホープは赤黒く乾いた地面の上に落ちていたマントの残骸を拾った。結局ライトニングの骸を見つけることはできぬまま、彼女の死亡の知らせだけを持ち帰るしか出来なかった二年前。
 どこで間違ったのだろう、今でもそう思う。
 未来を約束していたはずだった。武器を置く代わりに、次の世代に教え、伝えていく。そういう選択をしたはずだった。確かに選んだはずだったのに、それを実現するよりも先に、彼女は手の届かないところへあっさりと逝ってしまった。
 人はあまりにも簡単に死ぬ。そんなことは嫌というほど思い知っていたはずなのに、どうしてそうなるまで気が付けないでいるのだろう。目を閉じれば、照れ臭そうに笑うあの人の顔があまりにも鮮やかに浮かび上がる。……こんなにも大切だった。大切で、大切で、失いたくなんてなかった。
 忘れたくない。忘れない。
 刻み込んだはずのあの人の顔。どんな風に囁いてくれたのか。どんな匂いがしていたのか。どんな仕草をしてホープの傍に居てくれたのか。そういうものがどんどん薄れて消えていってしまうような気がしてしまって。彼女の痕跡を求めて、また傷つこうとして。そうして彼女を刻み込もうとする自分は、一体どれだけ愚かになれば生きていける?
 巨大な亀の間をすり抜けて、ホープはロングイエリアと呼ばれる場所を進んでいく。眩い太陽が降り注ぐ高台と、気持ちのいい平地。その先に、まるで地面を切り取ったかのように深い崖が続いている。
「……?」
 ホープが異変に気が付いたのは、崖がいよいよ近づいてきたと目に見えて分かるようになってからだった。
 パルスの生物は、みなコクーンのそれと比べて大きい。それは亀たちを見ればよく分かるだろう。独自の進化を遂げてきた彼らは、ホープたちの想像の外にあるスケール感を持っている。
 だから、翼を持つその魔物が見上げるほどに大きいというのは分かる。
 問題は、こんな辺鄙な場所で魔物から逃げ惑っている人間がいるということだ。
「危ないっ!」
 ホープがそう口にしたのは、腰からぶら下げていたブレイズエッジを抜き放ったと同時だった。瞬時に銃に換装されたブレイズエッジの照準を引く。パアン、と乾いた音が鳴り響いて、魔物が体をよろめかせたのが分かった。致命傷にはなっていないようだが、今は時間を稼げればそれでいい。チョコボから飛び降りて、ホープは魔物と対峙している人物の間に体を滑り込ませた。
 相手はワシのような魔物だった。獲物を狙っているところを突然襲撃され、見てそうだと分かるほどに怒り狂っている。
「僕から離れないでください!」
 相手は飛行する魔物だ。地上とは違って遮蔽物のない空間だから、逃げても追いかけてくるに違いない。そうなってしまうと厄介だ。
 魔物はホープへと照準を合わせると、大きな翼をはためかせて降下してくる。まるで弾丸のようなスピードだ。かつてのホープであれば、その迫力に怯んで足がすくんでしまっていたことだろう。
 地面を蹴って跳躍する。魔物が目で追ったのが分かる。だけど――遅い。
 刃となったブレイズエッジを、魔物の首筋に振り下ろす。次の瞬間、血しぶきが噴き出して魔物の動きが止まったことが分かった。そのまま重力に従って、巨大な質量ごと落ちていく。
「……ふう」
 微かに痙攣している魔物にとどめを刺して、ホープは息を吐いた。ブレイズエッジに付いた血を振り払う。さて、いきなり大型の魔物を仕留めてしまったもののどうしようか。携帯食料はあるものの、食料に余裕があった方がいいことは間違いない。パルスにはいくつか拠点があるのだが、コクーンほど手軽に補給ができる訳ではないからだ。
 思案するホープの背中に「あの……」と困惑する声がかけられたのはそんな折だった。
「ああ、すみません。お怪我はありませんで――」
 振り返り、にこやかに話しかけようとしたホープの言葉は不自然なところで途切れた。代わりにエメラルドグリーンの瞳が零れ落ちそうなほど大きく見開かれる。
 ホープが魔物から救ったその人は、腰まであるピンクブロンドの髪を持っていた。
 肌は白く、手足はすらりと長い。両手に白いものを抱きかかえた彼女が顔を上げると、煌めくアイスブルーの瞳と目が合った。
 ――からん、とブレイズエッジが落ちる。
「……ライトさん?」
 もう二度と会うことが出来ない愛しい人。ホープが助けたその人は、記憶の中の彼女と変わらぬ姿をしていた。
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