2020.11.10 執筆
2020.11.10 公開

それから



 眩いばかりの朝の光が射し込んでくる。
 とろとろとした眠りの中から意識が引き上げられることを感じて、ゼルダは瞼を持ち上げた。
「……?」
 ゆっくりと体を起こす。
 一晩の眠りを共にしたシングルベッドは少し埃っぽい。家具らしい家具のないがらんどうの空間は、よく泊まる馬宿とは異なる造りだった。きちんとした壁と柱で支えられていて、四角く区切られている。そう言えばここはどこだったかしら……? そう考えながらベッドから足を下ろそうとして、ゼルダはがくんと体制を崩した。
「あ、あら?」
 足腰が立たない。へたり込んだ格好のままその心当たりをようやく思い出して、ゼルダの頬は朱に染まった。
(そうだわ、私……)
 昨晩、初めてリンクと結ばれたのだ。星灯が照らす窓の下で行われた睦事を思い出し、ゼルダは思わず頬に両手を当てた。
 ……少し、恥ずかしい。だけど、それ以上にゼルダにとっての初めてを最愛の彼に捧げられたことが嬉しかった。彼がゼルダの中に入って、そして……。
 そっとお腹に手を添えてみる。なんだか夢みたいでふわふわと気持ちが浮足立ってしまう。
(それに、リンクは)
 失っていた記憶を取り戻してくれた。
 もう二度と帰ってこないと思っていたものだ。彼は己の記憶を代償にもう一人の自分が生まれたのだろうと口にしていた。その彼が消えてしまった今となっては、記憶を取り戻す術はない。寂しいけれど、それはもう仕方のないことだと割り切るしかなかった。リンクが生きて、傍にいて、これからを一緒にいてくれる。自分には過ぎたほどの幸福だった。だけど、女神様はそれ以上の奇跡を与えてくださったのだ。
「……こんなに幸せでいいのかしら」
 これまでゼルダに降り掛かってきた出来事を思えば、嘘みたいな幸福の連続で困惑してしまう。
 こんなことってあるのかしら? 実はこれも夢で、目が覚めたらまだガノンの腹の中だったりしないのかしら。
「ゼルダー!」
 階下から聞こえてくる朗らかな声に、ゼルダは顔を上げた。
「朝ご飯できたよ。一緒に食べよう」
 旅の最中にリンクが購入したというこの家には家具らしい家具はないので、敷布を広げてそこに出来上がった品を置くことにしたらしい。今朝の献立はパンとスープのようだ。ふんわりと二階にまでスープのいい匂いがしている。香りと共に空腹を思い出したゼルダのお腹がきゅう、と切なく鳴った。
「あの、リンク……ご飯にしたいのは山々なのですが……」
 お腹は空いている。これ以上もなく。水分だって摂っていないので、リンクの言葉はとても魅力的な提案だ。……だけど。
「その……足腰が、立たなくて……」
 モゴモゴと口にすると、階下のリンクの顔が途端茹でたタコのように真っ赤になったのが分かった。
「す、すみません……」
 釣られるようにしてゼルダの顔にも熱が灯っていく。
「い、いえ……。俺の方こそ」
 急に気まずくなってお互いに目を逸してしまう。触れた手のひらの熱さや、ぴったりと当てられた素肌の感触。何より、ゼルダを貫いたリンク自身の大きさを生々しく思い出してしまったのだ。
(私達、本当に……)
 思わずきゅっと太ももを擦り合わせてしまう。こんな感覚は初めてのことで、ゼルダは戸惑うばかりだった。
 そもそも、王族として生を受けたゼルダに配偶者を選ぶ権利などないに等しい。ゼルダに課せられた役割はただ二つで、一つは厄災を封ずる姫巫女としての責務を果たすこと、残る一つは、次代の“ゼルダ”を身籠ること。
 王族の嗜みとして受けた閨教育では、“子を授かりやすい日取りを選ぶこと”をまず教えられた。それから“女は男に比べて快楽を得難いこと”と“殿方を立てるために多少の演技は必要であること”も。それを知った時は、酷く気落ちしたものだ。好いた相手でもない男と寝所で己の秘部をさらし、あまつさえ相手を立てて演技までしなければならない。次代の姫巫女を授かる国母としての役割とはいえ、年頃の娘であるゼルダには気の重い話であった。
 だからあの時。知恵の泉で自暴自棄になったゼルダはリンクを求めたのだ。
 姫巫女として役割を果たせぬ。となれば、残るは望まぬ相手との婚姻と子作りしかゼルダの道は残されていない。ならばせめて、一夜限りでも想いを寄せる相手の種子を注がれたかった。結果としてゼルダの行動はリンク自身によって阻まれ事なきを得たが、今となってはそれで良かったのだと思う。
 想い、想われ、そうして結実したからこそ今の幸せがあるのだから。
「ちょっと行儀が悪いかもだけど、こっちで食べよう」
 思いがけず近いところでリンクの声が聞こえて、ゼルダははっと顔を上げた。
 どうやら考え込んでしまっていたらしい。見上げれば、器用にパンとスープ皿を抱えたリンクの姿が近い位置で目に入る。
「すみません、ありがとうございます」
「いいっていいって。……その、原因の半分は俺にある訳なんだし……」
「……そ、そうですね……?」
 釣られるように同意して、再び真っ赤になってしまう。肌を重ね合わせたばかりだからなのだろうか? 妙に気恥しくてたまらない。それなのに胸の内は温かくて、リンクと共にあるこの穏やかな時間がずっと続いてくれれば……なんて思ってしまう。
「せっかく持ってきてくれたんですし、冷めない内に頂きましょう」
 複雑な胸の内を誤魔化すかのように、ことさら明るくゼルダは振舞った。スープ皿を膝の上に乗せ、ちぎったパンを口に運ぶ。途端、口内にオニオンのまろやかな甘みと程よい塩加減が広がっていく。鼻に抜けていくのは香辛料の香りだろうか。ふわふわのパンも相まって、思わず二口、三口と食が進んでしまうほどだ。
「美味しい?」
「美味しいです」
 ゼルダと同じように膝上にスープ皿を乗せてパンを頬張っていたリンクが顔を覗き込んでくる。その問いかけににっこりとはにかんでみせると、リンクは「良かった」と嬉しそうに口元を綻ばせた。
「リンク、口元にパンくずが……」
 彼の口元に張り付いているパンの塊に気が付いて、ゼルダは手を伸ばした。こういうところが昔のリンクには見られなかった隙で、どこか可愛らしい。指先でパンくずを手に取り、ゼルダは何の気なしに口元まで運んだ。
 カシャンッ、とスプーンが落ちる音がする。見れば、リンクはスープ皿の中にスプーンを落として、幼児のように服をぐしょぐしょに濡らしてしまっていた。
「まあ、リンク」
 驚きに目を見開くと、そこでリンクはようやくスープをまき散らかしたことを認識したらしい。
「あ、ああ……。ごめん。シーツまでは飛んでないみたいだけど……」
「お洋服が染みになってしまいます。早く脱いで洗わないと」
 慌ててスープ皿を脇へやって、ゼルダはリンクの服を捲り上げた。城にいる時は意識したこともなかったものの、衣服には限りがあるのだ。侍女を呼べば真新しい衣服が出てくることはもはやなく、きちんと着れる内は大事に使わなければならない。かつては姫君として蝶よ花よと育てられたゼルダであったが、リンクとの二人旅を経た今となってはすっかり所帯じみた。当時のリンクは騎士としての記憶を失っていたから、あくまで対等にゼルダのことを扱ってくれたのだ。今となってはそれが有り難い。
 リンクから濡れた上着を剥ぎ取り、一息つく。その段になってようやくゼルダは自身を熱心に見つめる空色の瞳に気が付いた。
「……姫様のえっち」
 今はもう姫じゃないです、とか。えっちだなんて酷くないですか、だとか。
 そういう言葉は喉に張り付いてしまって、口にすることは出来なかった。多分それは、こちらを見つめてくる空色が、思っていた以上に熱っぽかったからだ。
 代わりにと言わんばかりに、ゼルダはそっと指先でリンクのズボンの裾を摘まんでみせた。指先が期待で微かに震える。まるでそうなることが必然であったかのように二人の視線は絡み合い――そうして、唇と唇が触れ合ったのだった。

   * * *

「はっ……あ、んんっ! やあっ!」
 シーツの海の中で、互いに溺れ合っているかのようだ。
 互いの体を知ったのは昨晩の出来事の筈なのに、まるでこれまで知らなかった時間を埋めるかのように二人は貪り合った。
 衣服はとうの昔に布切れと化して床の上に散乱している。ほとんど役目を果たすことのなかったシングルベッドは、今や二人分の重みでぎしぎしと悲鳴を上げていた。白い波間の間で、時折漏れ聞こえるのは甘やかなゼルダの吐息。両の手でベッドにしがみついた格好のまま、彼女は尻を高く突き出していた。
「くっ……すごく、いい……っ」
 ふっくらと丸い尻を掴み、リンクは腰を揺すっている。その度にゼルダの膣はきゅうきゅうとリンクを絞り上げるかのように締め付けてくるのだ。これでどうにかならない訳がない。泡立つ結合部から腰を引き、一際強く打ち付ける。不思議と体はどう動けばいいのか理解していて、自然と動く腰の動きに合わせて、リンクは器用に指先でゼルダを高めた。血が巡り、すっかりと張り詰めた花芯。腰の動きに合わせて親指で擦れば、ゼルダは一際高い声を上げて鳴く。それがまたたまらなくいやらして愛らしいのだ。
「ゼルダ……っ、出すよ……!」
「はいっ……あんっ、私の……中にぃ……!」
 ――きて。彼女の言葉が合図であったかのように、一層強く腰をねじ込めば一気に高みまで上り詰める。
 目の奥が弾けて、同時に湧き上がったのは開放感。昨晩出したばかりだというのに、とめどなくリンクの種子が溢れてくる。
 ゼルダはすっかりとろんとした表情になって、ベッドに倒れ込んでいた。心ここにあらずといった様子で放心している彼女から己を抜き取ると、すっかりどろどろになった秘部が目に入る。いつもは身だしなみをきっちりと整えているゼルダを知っているだけに、髪をほつれさせ、荒い呼吸と共に汗だくの胸を上下させている様はたまらなくいやらしかった。
 とろりと泉から零れ落ちてくる白濁色が他ならぬリンクとの交わりを証明していて、この人は俺に抱かれたのだということを否応なしに自覚させる。こそばゆいようななんとも言えない気持ちが湧き上がり、リンクはゼルダの額に口付けを落とした。世界で一番可愛い俺だけの人。
 頬に、耳に、それから唇に。降るように口付けを落とすと、意識が戻ってきたゼルダはくすぐったそうに笑う。なんだか楽しくなって、ぺろりと舌で舐めれば「犬じゃないんですから」と今度こそゼルダは声を上げた。
「俺は昔から貴方だけの忠犬ですよ」
 わんわん。冗談めかしてそう口にすれば、ゼルダは「まあ」と口元に手を当ててころころと鈴を転がすように笑う。
「忠犬なのに私を好きにしちゃうんですね」
「それは……まあ、ご主人様が大好きなので……」
 口にしてなんだか照れてきた。いや、確かにすっかり舞い上がって朝っぱら盛ってしまったけれど……。ゼルダがとても可愛くてえっちだから、歯止めが効かなくなったと言うか。
 先程の行為を思い出してか、再び息子がむくむくと立ち上がってくるのが分かる。慌てて手で隠そうとしたものの、それよりもゼルダに見つかる方が早かった。暗がりの中であればともかく、今となってはすっかり部屋の中は明るい。隠しようもなかった。
「……また大きく」
「いやあ、へへ……」
 すっかり戦闘態勢となっている己自身を見下ろして、リンクは照れ笑いになった。元々人並み離れて体力があるのだ。裸のゼルダと向き合っている以上、遅かれ早かれこうなっていたことだろう。
「これが私の中に……」
 そう呟いて、ゼルダはこくりと喉を鳴らした。考えてみれば昨晩はお互いにとって初めての行為である上に、部屋の中は暗かった。当然まじまじと見るような余裕などなく、改まって真正面から目にするのは初めてだったのだろう。ましてやこの方は元姫巫女という尊い身分だ。男性器なんて目にする機会がある筈もない。
「まるでここだけ違う生き物みたい」
 ゼルダのエメラルドグリーンの瞳がきらりと輝く。それがかつてガッツガエルを突き出してきた様子を連想させて、思わずリンクは苦笑した。あの時は抑圧されるばかりだったが、生来は好奇心旺盛な方だったのだ。……まさかそれが、こっちに向けられるとは思わなかったけれど。
「触ってみても?」
 どうせ駄目だと言っても、あの手この手で観察しようとするのが目に見えている。だったら早々に諦めてしまった方が賢明というものだ。
「……仰せの通りに」
「もうっ」
 せっかく記憶を取り戻したのに、騎士ごっこはお気に召さないらしい。頬を膨らませながら、しかしその瞳がすぐに興味の対象へと移ったのをリンクは見逃さなかった。
 ……それにしても、こんなに熱心に見つめられるとは思っていない。
 きらきらと輝くエメラルドグリーンは一心不乱にリンクの一物に注がれている。これで萎えるのかと思いきや、可愛いゼルダの吐息やら(何より刺激的な)シーツを巻き付けただけの格好やらのお陰で、すっかりがんばりゲージも回復済だ。できることならもう一回、あの魅力的なお尻の中で思う存分に掻き回したいところである。
「……っ」
 不意に温かいものが自身に触れた感覚があって、リンクは体を震わせた。淫らな妄想をしているのを他所に、こっちのゼルダはリンクの形を確かめる様に触れてくる。
「すごく不思議な感触がします……あっ、先っぽは柔らかいんですね」
 くにくにと先端部を指先で確かめる様に揉んでくる。ご丁寧に竿の部分には空いている反対側の手が。たったそれだけのことで、リンクのその場所からは先走り汁がとろとろと溢れてしまう。
「不思議なにおい……」
 その上鼻先を近づけてくるのだからたまらない。このような官能的な光景を拝む日が来るとは一体誰が思っただろうか。リンクはますます自身が張り詰めていくことを自覚しながら、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……ゼルダ、咥えて貰える?」
「ん……こう、ですか?」
 男性器はけして見目の良いものではない。生殖器であるが故に独特の臭いを発するし、人によっては触れることすら憚られるだろう。しかしゼルダは恐れる素振りも見せず、素直にリンクの言葉に従った。あまりにもあっさりと快諾するものだから、おねだりをした筈のリンクが意表を突かれたほどだ。
「っ!」
 びくりと体が大きく震える。そんなリンクを見上げて、ゼルダはとても嬉しそうに目を細めた。
「ひもち、いいでふ?」
 唇に含んだまま、ゼルダはリンクの反応を確かめる様に唇をすぼめてくる。膣で与えるような刺激があれば、リンクにとって心地よいのだという事を早くも理解してしまったのだ。
 とは言え、ゼルダの舌使いはたどたどしい。リンクの反応を確かめながらの動きだから、どこかじれったくもある。それでも愛しい彼女が一生懸命己の口内で悦ばせようとしてくれるその様、リンクを高まらせるには十二分すぎる刺激だった。
「ぅ……ああっ!」
 背筋を駆け登ってくる快感に、リンクは咄嗟に腰を引いた。
「っあ……」
 ゼルダの唇からは唾液が伝い、名残惜しそうな声が零れ落ちる。しかし今はそんな彼女の痴態を堪能する余裕は残されていない。
「り、リンク……?」
 血走った眼でこちらを見下ろしてくるリンクに、恐る恐ると言った体でゼルダが上目遣いになる。そんなゼルダを見下ろしながら、リンクは難なく彼女を押し倒した。シーツの海の中に、据え膳宜しくといった体で、どこもかしこも美味しそうな彼女が横たわっている。
「ごめん、もう無理」
「きゃああっ!?」
 そのまま彼女の足を高らかに持ち上げると、リンクは一息に最奥まで突いた。すでにすっかりぐじゅぐじゅに蕩けているゼルダの膣は難なくリンクを飲み込み、奥へ奥へと誘ってくる。
 腰を引けば襞が丁寧にリンクを撫で、再び奥まで押し込めば、歓待するかのように締め付ける。まるで体が自分の物ではなくなってしまったかのようだ。かくかくと腰が揺れる。全てが飲み込まれそうな快楽の濁流の中で、ゼルダもまた高い声を上げた。
「ああんっ、やっ……も、だめ……リンク、激しい……!」
「このまま、一緒に……!」
「だめ、だめ……あっ、あっ、ああ……!!」
 ふるふると頭を振る度にゼルダの金の髪は乱れ、シーツの上に散らばっていく。高まりゆくその体が一層良いのだと鳴く場所を、狙う様に深く抉った。――限界は、近い。
「ゼルダ……ッ!」
「あああッッ!!」
 何もかもが吹き飛びそうな場所へと登り詰める。
 そうして二人は、お互いの体に絡みついたまま白い果てを目にしたのだった。

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