15.親心子知らず 2011,10,23 意識体であるソーディアンに、そもそも睡眠という概念はない。 彼らの意識が分裂する前――――オリジナルであった時の経験から、『睡眠』を体が欲することは知っていたが、ソーディアンとなった現在、自身の体を休めるという意味での休息は必要ない。 ただし意識を遮断するというニュアンスであれば、彼らにとっての『睡眠』は存在する。 気の遠くなるほど永い時を自我を保ったまま生きていくために、意識を遮断するということはソーディアンにとってなくてはならないものだった。歴史は常に彼らの本位に動くわけではなかったからだ。 特にアクアヴェイルで宝刀として祭られていたシャルティエには、意識を遮断しなければ自我を保つことのできない場面に何度も遭遇した。そういう意味でも意識を遮断するという行為は、ソーディアンにとって必要なことだったのだろう。そう解釈すれば、遮断するという行為は睡眠と等しい意味を持つのかもしれない。 ……とまあ、そこまではいい。 「………ん……っ……」 気だるげな甘い息が薄暗い室内に零れ落ちる。 「…あっ……ん、こっち………」 少女というよりは女の嬌声に近いため息は、知らないようで知っているような声なきがして。ついでになんだかギシギシとか、聞こえてはならないような音が聞こえているような気がして。 えーーーーーー…? 遮断していた意識をこじ開けても、ソーディアンならば寝ぼけるということはない。 だから聞き間違えるわけがないのだ。聞き間違いであってほしくても、幻聴なわけないのだ。 確かに坊ちゃんとリブちゃんははた目から見ていても呆れるくらいラブラブですけど! なんか気が付いたらいい雰囲気になってること多いですけど! いやいやいやいやいや!ていうかあの奥手な坊ちゃんが手を出せるわけないですし! アッ、でもリブちゃんなら分からないかもしれない。リブちゃんも基本的に恥ずかしがり屋なんですけど、なんか妙なところで踏ん切りがいいというか、なんか思いきっちゃうから!ほら、ちょっと大胆になってアダルトな展開に転げ落ちちゃったかもしれないじゃないですかホラ恋人同士なんですし!落ちつけ、落ちつくんだピーエル・ド・シャルティエ。伊達に1000年生きてきたわけじゃないでしょう?身近な人の濡れ場見たくらいで動揺してどうするんですか。ほら。いやでも僕は坊ちゃんのこーんなにちっちゃな時から見守ってきたわけですよ。そういうことを考えたら、複雑な心境になるのは仕方のないことでしょうええ、ハイ、勿論。 「ここか、リブ……?」 「あっ………そこ……いい………っ」 ギシッ、とソファかベットかが軋む音がやけに生々しく響き渡る。 平静のそれよりも随分と甘く低い声音に、女が快楽の色を滲ませた声を上げる。 唐突に、すうすうと指をしゃぶって眠る幼子の姿が記憶から蘇った。 笑い声、拗ねた表情、嬉しそうに綻ばせた顔。毎日必死で剣を握りしめた坊ちゃん。そんな坊ちゃんにお仕えすることが僕の生きがいになっていきました。 海底洞窟で一緒に運命を共にした時は今度こそ最期と思っていたけれど――――こうしてまた旅をすることが出来て。 ………あ、無理っぽい。 ぷちん、と何かが音を立てて切れたような気がした。 『僕の目の黒い内は不純異性交遊禁止―――――――――!!!!』 たっぷり十秒くらい使って上げられた脳内ダイレクトなシャルティエの叫び声に、二つの影はひどく驚いたように目を丸くして振り返った。 「……………は?」 「……………え?」 『あれ?』 なんだか様子が違うらしい雰囲気に、ここにきてようやくシャルティエは事態を悟った。 「あの、シャルちゃん?」 二人の衣服には乱れというものがまるでない。 外に出る時に比べれば多少軽装であるもののこれといって変わりない様子で、濡れ場というよりもむしろ……。 「なにか、あったの?」 困ったように小首を傾げるリブの肩にはエミリオの手が添えられている。 嬌声のように聞こえた声。軋んだソファの音。肩に添えられた手。 視覚情報を手に入れたシャルティエが咄嗟に構築した状況はこれだ。 『………マッサージ、してたんですか………?』 「あ、うん。エミリオってば上手なんだよ〜」 紛らわしいことを――――――――――!!!! 体があったら床に突っ伏しているところだった。ものすごい勢いで意識が四散していきそうなのを、必死で繋ぎとめながら、シャルティエは思う。 そもそもリブちゃんがあんな色っぽい声を出すからいけないんですってば……! 勘違いの要因を責めるように見上げても、リブは全く状況を理解していない。仕方がないのでエミリオの方に視線をやって、シャルティエは愕然とすることになった。 ほんのり耳が紅いってどういうことですか僕はそんな子に育てた覚えはないですよ坊ちゃん―――――――!!! 無自覚と確信犯。 はてさて、どっちが罪作りなのか。 |