11. ぽかぽか陽気                                         2011,02,10


その日は久しぶりに何の予定もなかった。
だからといっても仕方ないのだけれど、ちょっとだけ言い訳をするのであれば、今まで忙しかった反動としか言いようがない。つまりはなんとなくダラダラしたいと思ってしまったわけで、目は覚めているのに布団から抜け出すことができないまま昼過ぎを迎えてしまった。
……流石にちょっとお腹がすいた。
でも窓から差し込んでくるぽかぽかの陽気がとても穏やかで、やっぱり布団から離れられないのだ。
「……まだそんなだらしのないことをしていたのか。いい加減、さっさと起きろ」
とかそんな情けないことを思っていたら、ドアを開けた早々にエミリオが叱咤の声を上げた。用事があるからと早朝から出かけていたというのに、もう帰ってきたらしい。……いや、もうってこともないか。
「うう〜〜ん、起きたいけど起きられないような。タイミングを逃しつつあるような……」
「いいからとっとと起きろ!」
「ぎゃん!」
布団を引っぺがされて、ごちんと床に落っこちた。
思わず変な声が口から零れたけれど、痛がる私を見下ろすエミリオの瞳はとても冷ややかだ。
「休みだからといって昼まで寝ているやつがあるか。たるんでいる」
「たるんでおります」
「そこでいばるな!」
うむ。どうやら、私がいばりぎみに返したことがお気に召さなかったらしい。
相変わらず気難しい坊ちゃんめ。
「とっとと着替えろ!それから顔を洗え。髪もぼさぼさだ」
エミリオにそんなところまで指摘されてしまって、流石にオトメゴコロとしては複雑だ。けれどもなんだか私のお母さん状態になってしまっているエミリオがおかしくて、気持ち的には半分相殺。
「分かったよぉ。着替えるよぉ……」
のそのそと芋虫みたいに服をめくり上げたら、明らかにエミリオはぎょっとした顔になった。
まさに電光石火の早業。
一瞬のうちに顔を茹蛸みたいに真っ赤にしたと思ったら、怒声と一緒に部屋を飛び出して行きました。

私がその後しこたまエミリオに怒られることになったのは、言うまでもない。





12.バイオハザード                                          2011,02,21


「やるなと言われりゃやりたくなるのが人の性」
ぐふっと奇怪としか言いようのない笑い声を上げたピンク髪の天才科学者は、パーティ全員がぽかんと見上げている最中、『それ』を振り上げた。
「……え?……あ、ハロルド……まっ…」
真っ先に我に帰ったリブが静止の声を上げようとしたが、もはやそれは手遅れだった。
ガッチャーンと、盛大にガラスが割れる音がしたかと思うと、もくもくとショッキングピンクな煙があたり立ち上り始める。
「げほっ…げほげほっ!!」
「なに……これ……っ?」
「皆、この煙を吸うんじゃ……っ…」
「今回は吸って効き目が出るタイプにしてみたのよー♪」
すでにガスマスクを装着したハロルドが、シュゴシュゴ音を立てながら上機嫌に指を振る。
機密性の高い室内から飛び出そうと何名かが扉に向かって走っていたが――――開かない。ハロルドは最初から全員を閉じ込めた上で実験を行うという計画を練っていたようだ。パスコードを突破することが当然出来るはずもなく、ようするに全員袋の中の鼠状態で煙を吸い込んでしまうことになったのが、全ての喜劇の始まりだった。
「あっ……あははははははははははははははははははっっっっ!!!!!」
それは誰の声だったか。
そう認識するかしないかと言うタイミングで、今度は別の笑い声が重なり合う。
腹の底から湧き上がってくる声音は、いつしか室内を揺るがすほどの大音量となって響き渡っていた。
「あっははははっははちょっと……あはははっはははハロルド………あはは!!!!」
「なに……っくっくく……ははっ……なにやったん……ははははっっ!!!」
「おっ…おなかいたい〜〜っっんっあはははっ!!!」
「よしよし、いい効き目ね」
「いい効き目じゃ……っくくくくっ……ないでしょ……っ!!!」
うむうむと大きく頷いたハロルドは、腹を抱えて転げまわる仲間たちを見下ろすと鈍く光る注射器を取り出した。
「おい……っ」
「…はははっ……まさか……っ」
「それでは採血を始めま〜す☆」
引き攣りながらも相変わらず笑い転げているロニの前にしゃがみこんだ天才様は、鮮やか過ぎるくらい慣れた手つきで注射器をロニの腕にブッ刺した。
「ぎゃあああああああああああははははははははっっっっ!!!!」
「ハイサンプルありがとーっ」
「うわああああああああはははっっっはははっっ」
逃げ惑おうが、一人ガスマスク完全装備のハロルドには適わない。
なぜなら全員腹がよじれてしまうくらいの横隔膜の痙攣と戦っているからだ。ようは採血は嫌だけど、それどころじゃない。
「さーって、次はぁ〜…」
ルビーのように光る赤に満たされた注射器を満足そうに眺めたハロルドが、今度はジューダスの前に立つ。
腹をよじりながらそれでもなお冷静さを保とうと中途半端な震え方をしているジューダスは、どう見ても無防備としかいいようがない。そんな彼の腕を掴もうとしたハロルドの前に差し出された手のひらがあった。
「なにっ!?」
からからとガラス瓶がブーツの底に当たって転がっていく。
その中に入っていたのは、見間違えるはずもない……異常回復薬としてアトワイトでさえも太鼓判を押すパナシーアボトルの容器だった。
「………煙に紛れて見落としていたみたいだね、ハロルド。同じ薬に私が引っかかるとでも思ったの?」
「………チッ…あんたはかからなかったのね……!!」
「言ったでしょう?エミリオにやったら――――私、ハロルドでも何やるか分からないって」
異様な凄みを持ったリブがエミリオをかばうようにハロルドの前に立ちふさがる。
「…………だめ?」
「可愛く言っても駄目」
じりじり、じりじりと後ずさる。
そんなハロルドを詰めるかのように、リブがにじり寄る。
まるでヘビとマングースの睨み合いのような時間が流れていたかと思った次の瞬間、ハロルドが背にしていたはずの扉がぷしゅーっという音を立てて開かれた。
「あっ!いつの間に……!!」
「ぐふふふふっ!天才様を前にして甘いわね、リブッ!!」
そうして軽やかにショッキングピンクはラディスロウの喧騒の中に消えていく。
けれどもリブはその背中を追うような真似はしなかった。
「……………」
なぜなら彼女の目的は、あくまでも。
「ま・いっか」
あくまでもジューダスさえ救うことが出来ればそれでいいからだ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「あはあははははははははははははははははははっっ!!!!」
「ハロル………ぶっ……はははははははははははははははははは!!!!!」
きゃー、やら、ぎゃーやら色んな声がラディスロウの中からあふれ出す。
粉末タイプのお手軽笑い粉はあらゆるところに飛び火しているようだ。
その中に地上軍中将ズやら大佐やら果ては指令官の声が混じっているような気がするのは、この際気にしない。
「………あ、あとパナシーアボトル一個しかない」
道具袋を漁っていたリブは、手持ちの数が少なくなっているアイテムを見下ろしながら困ったように声を上げた。
目の前には止めようのない笑いの衝動に身を縮ませた芋虫のような集団が転がっている。
「………リブ」
笑い涙で濡れたわんこのような瞳(カイル)がリブを見上げる。
「ごめんね、カイル」
それでもごくごく真面目に謝ったリブが介抱したのは、やっぱりジューダスなわけだった。
まあ、読めた展開でした。





13.楽しい話をしようよ                                       2011,03,19


『楽しい話をしようよ』
唐突にふられたシャルちゃんの言葉に、思わず私は目を瞬かせた。
『だから、楽しい話をしたいんだってば』
銀色に光る美しい刀身。
まろみを帯びた耽美的な見てくれに反して鋭い切っ先を持つ彼の姿は、珍しく淡いの光の中にいる。ここにはシャルちゃんを知る人しかいないからだろう。
それにしても、シャルちゃんの姿をこうしてまじまじと眺めるのはずいぶん久しぶりのような気がする。
そして、突飛なものの言いようの珍しさも。
「シャルちゃんにしては随分唐突だね」
『だって、そうでも言わないとやってられないでしょう』
「……そう、かな」
『そういうものなの』
そうしてシャルちゃんは諭すように、そしてちょっぴり威張るように言った。
なんだかその姿が妙にピエールさんと重なるから笑える。あ、オリジナルだから元は一緒だもんね。
「時々僕もシャルの言ってることが分からなくなる」
『ひどい!僕らは一心同体でしょう、坊ちゃん!』
「誰と誰が?」
『アアアアボッッチャアアアアアアアアアアアアアァァンンンンンンンン!!!!!!』
「やめろ、うるさい、頭に響く」
「打たれ弱いんだからエミリオもからかうの大概にしてあげたらいいのに」
「………冗談だよ、シャル」
『………うっぅっ……冗談でも傷つきますよぅ……』
そういって涙は出ないのに嗚咽で震える声を聞いていると、私が会話しているのは単なる剣だなんてどうしても思えない。
もちろん彼はソーディアンで、そんじゃそこらにあるような剣と同じなわけがないんだけれど、それでも、時々とっても不思議に思う時がある。
「ところで、どうしてシャルちゃんは楽しい話がしたいと思ったの?」
めそめそしているシャルちゃんに慰めの意味でも、話題をもう一度最初に戻してあげることにした。
だってこうでもしないとちっとも話が進まないんだもの。
『……それは』
そうしてシャルちゃんは言った。
『これから色々あるでしょう。きっと大変なことも、辛いことも。……だったら、そういうことが起こった時、辛いことを覆せるような楽しい気持ちを今からたくさん積み上げておきたいなって思ったんですよ』
「………シャル」
思わずエミリオと私でシャルちゃんをじっと見つめてしまう。
卑屈で、妬んだり、葛藤したり、そんな弱い自分を蔑んだり。そういう人間が持つ当たり前の気持ちに振り回されてきたかつてのシャルちゃんを見てきたから、余計に今の彼の言葉の意味を考えてしまう。
でも、多分今はそういうことを真剣に考えるよりも先に。
「そうだね。なにか楽しい話がしたいね」
何か始めたくて、とりあえず立ち上がってみた。
まだ何にも思いつかないけれど、やる気になったらきっと楽しいこと、私たちなら見つけられると思うんだ。
例えばその日少しだけ差し込んできたお日様の光や、虫たちの鳴き声。子供たちの笑い顔。小さな微笑ましい失敗に、顔を綻ばせる人たち。そういった何気ない日常の中でもいい。楽しいことは、探せばきっとたくさん見つかる。
「いこっ」
とりあえず、何か楽しい話になりそうなもの。探しに行こう。





14.バカップルに祝福を                                       2011,05,05


report-1:対象R

「え?リブとジューダスについて?」
対象Rはぱちぱちと瞬きをしてこちらを見つめ返す。
確かに可愛らしい動作だとは思うけど、そういうのはカイルの前でやってあげなさい。……ま、言っても反応が読めるし、今回そっちの反応を見るために動いてるわけじゃないから、実行しないでおくけど。
「んー…そうね。今の二人の関係ってすごく素敵だと思うわ。なんていうか……互いに想い合ってるっていうか、信頼し合ってるっていうか……」
うんうん、そうね。あの二人は本当に紆余曲折を経てくっついたみたいだものね。互いを尊重し合ってるのがよく分かるわ。
「それに、ジューダスはうまくリブをリードしてると思うの。ちゃんと手を握ったり、一緒にデートしてたりするの、私見たもの!二人とも美形だからか絵になるのよねー……。あっ、でもカイルもリードしてくれないわけじゃないのよ?この間もデートねって言ったら照れちゃって……でも、その後ちゃんと……きゃー!!」
前半は確かに今回のターゲットの話になってたけど、後半から自分に話がすり替わっているところは流石恋する乙女と言ったところね。ふむふむ。興味深いわ。
「それでね、カイルったらハイデルベルグではね……」
ただ、今回のターゲットはあくまでこっちのバカップルじゃないから、ここら辺が潮時かしら。
はいはーい、対象Rさんありがとうございましたー。


report-2:対象L

「は?リブとジューダスだって?」
そうそう。二人の関係を対象Lから見た所感を述べよ。
「述べよって言われてもな〜。二人は仲いいだろ?それでいいんじゃないか?」
あら。意外にクールな反応ね。あれでもリブは美人だから、もっとジューダスへの僻みみたいなものがあるかと思っていたんだけど。
「別にそりゃーないな。……確かにレクシアさんの時は、すごい美女だって思ったけどな。リブはどう考えてもジューダスの野郎とくっつかないと割に合わないじゃないか」
………それはそうね。でもアンタがそういうまともなこと言うとは思わなかったわ。
「俺は十分まともだってーの!ていうか変人はお前だろうが!」
びしっと指を指しても残念。私は十分自分が変人なのは理解してるつもりだわ。まっ人と同じことして天才になれるわけがないものねー。
「……幸せになって欲しいよな。リブも………ついでにジューダスの野郎もな」
そういうこと言うから二次創作に飽き足らず各地でホモ野郎とか散々な言われようなのよ。
「お前それ最低だからな」


report-3:対象R2

さて、どんっどんっハードル上げていくわよっ!天才の私には不可能なことなど何もないわ。
「……あの、普通にわたしたちって接点ないと思うんだけれど……」
私もあなたのことは知らないわ。ついでに言うと口頭で少ししか聞いたことなかったのよね。だってあなたもうとっくに退場してるみたいだし。
「話が破綻すると思うのだけれども」
それはそれ。これはこれ。なんのために名前を伏せてレポートとってると思うのよ。個人を特定されないためでしょーが。
「絶対バレバレだわ。あなたさっきから天才天才連呼してるみたいだし。そんな個性的な人、一発で特定されると思うわよ」
よしじゃあリブとジューダスの関係について、一つお尋ねしようかしら。
「………それを今更、わたしに問う?」
だって私知らないし。……まあ、野暮なことだとは思うけど。
「分かってるなら聞かないでよ。わたしはリブのこと、嫌いなんだから。………まあ、それでも幸せそうならいいんじゃないの?」
普通、嫌いなら幸せで喜ぶことはないと思うのだけれど?
「あの子は不幸が過ぎたのよ。……ロニも言ってたじゃない。幸福にならないと割に合わないわ」
だから伏字にした意味考えなさいよ!
あーもーあなた、確信犯ね。まったく、ホントリブと違って扱いづらいんだから。
「ご愁傷さま。わたしはあの子とは違うんだもの」
そりゃ、そうだわね。


report-4:対象M

………ごめん、私も流石にどうかしてた。こいつ一緒に並べることがそもそもの間違いだった。
冗談半分で私天才だからなんでもできると思ったけど、流石にこれはないわ。ていうか天才でも実現しちゃならなかったわ。
「おや、私には二人の関係を聞いてくれないのかい?」
誰が聞くもんですか!ボケナス!ぼっち!アンタはお空の上で自分のお城でも一人で積み上げてなさい!
「積み上げてたのだがね」
うるさい!まともに私の言うことに反応しないでよ!
「ああ、二人のことだったね。……正直つまらんとは思うよ」
ホントあんた最低ね。さっさとどっかいきなさいよ!
「つまらんものをつまらんと言って何が悪い。私はどちらかというと、あの顔をぐちゃぐちゃに歪ませる方が楽しいのだが」
本気で耳が腐るわ。私の方がここは出て行くべきね。こんなん冗談でも相手しようなんて思ったのが間違いだったわ。


report-5:対象C

流石に疲れたわ……。はあ、どこかに癒しでも転がってないかしら?
『そう言って僕を踏みつけるのはいじめですよね。分かってますよ。ええ、そうだろうと思いますよ』
あんたの卑屈も相変わらずねー。というか踏んでた?ごめん、ごめん。
『ホント軽いですよねぇ……。相変わらずというかなんというか。一応これでもこっちの方が年上なんですから敬ってほしいですよね』
あら、言うようになったじゃない。
『そりゃ言いますよ。あれから千年経ってるんですし、変わらない方がおかしいですよ』
はあ、時の流れは無常ねぇ……。
『……時の流れを無視する顔のくせに』
なんか言ったかしら?
『いいえ、何も』
ま、それはいいとして。とりあえず、今回のシメとして、一応対象Cにも聞いておきますか。なんだかんだいって、一番二人の傍にいたわけなんだしね。
『坊ちゃんとリブちゃんですか?うーん、僕としてはやっと素直になったか、という感じですね』
へー。あ、それ、言うまでもなくジューダスのことよね?
『まあ、そうですけど。リブちゃんもリブちゃんで相当ニブイですけどね』
あー、それ、分かるわー。あの子はあの子で相当ニブイのよねぇ。普段そうでもないんだけど……あ、でも肝心な時に迷子になってたから、時々鈍くさいのよね。
『そうそう。それで坊ちゃんもあんな性格なもんだから……』
はーぁ。あんたも相当苦労してたのねー……。
『まったくですよ。しかも、あの二人、互いの気持ちが通じ合ったと思ったらところ構わずいちゃいちゃし始めるんですから……空気読む僕の身になって下さい!』
あんた動けないものね。歩行機能付けてあげようか?
『勘弁して下さい。完全にネタ武器になっちゃうじゃないですか。デッキブラシで十分ですよ』
そういうメタなこと言わないの。
よし!そろそろここらで区切りがいいので、以上で突撃レポート終了しまーす★
『あっ、ちょっとまだ話途中……』
ではまた来週ー!お疲れ様でしたー!!





15.親心子知らず                                           2011,10,23


意識体であるソーディアンに、そもそも睡眠という概念はない。
彼らの意識が分裂する前――――オリジナルであった時の経験から、『睡眠』を体が欲することは知っていたが、ソーディアンとなった現在、自身の体を休めるという意味での休息は必要ない。
ただし意識を遮断するというニュアンスであれば、彼らにとっての『睡眠』は存在する。
気の遠くなるほど永い時を自我を保ったまま生きていくために、意識を遮断するということはソーディアンにとってなくてはならないものだった。歴史は常に彼らの本位に動くわけではなかったからだ。
特にアクアヴェイルで宝刀として祭られていたシャルティエには、意識を遮断しなければ自我を保つことのできない場面に何度も遭遇した。そういう意味でも意識を遮断するという行為は、ソーディアンにとって必要なことだったのだろう。そう解釈すれば、遮断するという行為は睡眠と等しい意味を持つのかもしれない。

……とまあ、そこまではいい。
「………ん……っ……」
気だるげな甘い息が薄暗い室内に零れ落ちる。
「…あっ……ん、こっち………」
少女というよりは女の嬌声に近いため息は、知らないようで知っているような声なきがして。ついでになんだかギシギシとか、聞こえてはならないような音が聞こえているような気がして。
えーーーーーー…?
遮断していた意識をこじ開けても、ソーディアンならば寝ぼけるということはない。
だから聞き間違えるわけがないのだ。聞き間違いであってほしくても、幻聴なわけないのだ。
確かに坊ちゃんとリブちゃんははた目から見ていても呆れるくらいラブラブですけど!
なんか気が付いたらいい雰囲気になってること多いですけど!
いやいやいやいやいや!ていうかあの奥手な坊ちゃんが手を出せるわけないですし!
アッ、でもリブちゃんなら分からないかもしれない。リブちゃんも基本的に恥ずかしがり屋なんですけど、なんか妙なところで踏ん切りがいいというか、なんか思いきっちゃうから!ほら、ちょっと大胆になってアダルトな展開に転げ落ちちゃったかもしれないじゃないですかホラ恋人同士なんですし!落ちつけ、落ちつくんだピーエル・ド・シャルティエ。伊達に1000年生きてきたわけじゃないでしょう?身近な人の濡れ場見たくらいで動揺してどうするんですか。ほら。いやでも僕は坊ちゃんのこーんなにちっちゃな時から見守ってきたわけですよ。そういうことを考えたら、複雑な心境になるのは仕方のないことでしょうええ、ハイ、勿論。
「ここか、リブ……?」
「あっ………そこ……いい………っ」
ギシッ、とソファかベットかが軋む音がやけに生々しく響き渡る。
平静のそれよりも随分と甘く低い声音に、女が快楽の色を滲ませた声を上げる。
唐突に、すうすうと指をしゃぶって眠る幼子の姿が記憶から蘇った。
笑い声、拗ねた表情、嬉しそうに綻ばせた顔。毎日必死で剣を握りしめた坊ちゃん。そんな坊ちゃんにお仕えすることが僕の生きがいになっていきました。
海底洞窟で一緒に運命を共にした時は今度こそ最期と思っていたけれど――――こうしてまた旅をすることが出来て。
………あ、無理っぽい。
ぷちん、と何かが音を立てて切れたような気がした。
『僕の目の黒い内は不純異性交遊禁止―――――――――!!!!』
たっぷり十秒くらい使って上げられた脳内ダイレクトなシャルティエの叫び声に、二つの影はひどく驚いたように目を丸くして振り返った。
「……………は?」
「……………え?」
『あれ?』
なんだか様子が違うらしい雰囲気に、ここにきてようやくシャルティエは事態を悟った。
「あの、シャルちゃん?」
二人の衣服には乱れというものがまるでない。
外に出る時に比べれば多少軽装であるもののこれといって変わりない様子で、濡れ場というよりもむしろ……。
「なにか、あったの?」
困ったように小首を傾げるリブの肩にはエミリオの手が添えられている。
嬌声のように聞こえた声。軋んだソファの音。肩に添えられた手。
視覚情報を手に入れたシャルティエが咄嗟に構築した状況はこれだ。
『………マッサージ、してたんですか………?』
「あ、うん。エミリオってば上手なんだよ〜」
紛らわしいことを――――――――――!!!!
体があったら床に突っ伏しているところだった。ものすごい勢いで意識が四散していきそうなのを、必死で繋ぎとめながら、シャルティエは思う。
そもそもリブちゃんがあんな色っぽい声を出すからいけないんですってば……!
勘違いの要因を責めるように見上げても、リブは全く状況を理解していない。仕方がないのでエミリオの方に視線をやって、シャルティエは愕然とすることになった。
ほんのり耳が紅いってどういうことですか僕はそんな子に育てた覚えはないですよ坊ちゃん―――――――!!!

無自覚と確信犯。
はてさて、どっちが罪作りなのか。