06. 聖夜のダンスパーティー                                   2004,12,25


偶然立ち寄ったハイデルベルクはいつもにも増してまっさらな雪がしんしんと降り注いでいた。
道行く人々の楽しげな笑い声。
華やかな装飾を施された店内には赤々と燃えるたくさん用意された蝋燭の光。
煌びやかな飾りで覆われたもみの木はチカチカ何色にも光るライトが取り付けられ、なんとなく浮ついた雰囲気が街の中に漂っていた。
「「……くりすます?」」
そんな街の中で素っ頓狂な声を上げたのが約一名。首をかしげたのがもう一名。
「おや、ハロルドとリアラは知らなかったのかい。
今日は『クリスマス』って言われる日で……」
聞きなれない単語に不思議そうに考え込んだ二人にナナリーが驚いたように目を丸くして。
そして二人の生い立ちでああ、と納得をすると軽く説明をしようと話し始めたところに。
「サンタクロースが良い子に夜中こっそりプレゼントをくれる日なんだ!」
にこにこ。
にこにこ。
そんな擬音があてはまるくらいに、満面の笑みを浮かべたカイルがすかさずナナリーの言葉に割り込んで説明を続けた。
……が、微妙に説明になりきれていない。
この世界のイベントを知らないリアラと、生きている時代が1000年前だったためにそもそもこのイベントがなかったハロルドにはカイルの口から出てきた『サンタクロース』なるものに奇妙な想像を駆け巡らせる頃合に。
「ええ……と、このイベントは元々はストレイライズ神殿に祭ってある神様……今はアタモニ紳に成り代わっちゃってるけど、その誕生を祝うためのお祭だったんだよ。まあ、今残っている形としては子供にサンタクロースって言う白い髭を生やしたおじさんが子供達にプレゼントを配って回る日ってなってるみたいなの」
と、がやっと説明らしい説明をした。
が、何の予備知識もない状態でこの話を聞いて完全にこのイベントを理解せよというのも無理のある話で。
「はぁ?白髭の不審者が子供によく分からないものを突きつけるの?あっぶないわねーそれ」
「子供達って一体どれくらいの人数配るのかしら?それにお金とか取るんじゃないの?」
と、の説明にものの見事にハロルド、リアラの二人が質問で返事を返したのである。
……ええと、と更なる質問を受け、困ったように眉根を寄せたの努力に反して後からさらなる声が響く。
「いいや!クリスマスとは恋人達同志が熱く燃え上がる、聖なる年に一度きりの日ッ!
カップル達がお互いの愛を深め合うためのイベント!そう言っても過言ではないのだよ諸君ッ!!」
恋愛研究者の言う事に間違いないぜ、と胸を張って後から自信満々に登場してきたのはロニ。
厚手のコートを着込んだまま彼は両手いっぱいに手を広げ、大げさな様子でさらに言葉を続ける。
「故にこの日は恋人もおらずただ宿屋の中で生活をするだなんてことは考えられないっ!
俺は俺の愛に答えてくれる人を探しにいく……ッ!」
そうやって、騒がしい音を立てて彼は一方的に言うだけ言って大通りの方へと飛び出してしまった。
まぁ、これから取る宿はもう決まっていたので一時このまま解散しても特に問題はないのだが。
「待ちなっ!このバカロニ!あんたはまたっ……」
結局、ナナリーまでもが飛び出していなくなってしまったのだ。
そんな二人の足音が消えた頃合に、カイルは頬を膨らまして「違うよ〜!」とまた話を始めに持っていこうとしていた。
ハロルドとリアラはロニの言葉に半眼になっていたものの、よくよく辺りを見渡してみるといつもより確かにカップルが出回っているのが多いことが見て取れて、やはり不思議そうにしている。
結局は何の日なのだ、と。
「……そうなんだぁ」
疑問の眼差しを二人が唯一回答してくれそうな銀髪の学者に向けられたものの。
当の本人は、颯爽と恋の予感に期待を膨らませて走り去ったロニの後姿に関心の声を上げていたのであった。
「こいつに回答を求めるのはやめておけ」
そうして二人にへの追求はやめておけ、と新たに背後から出てきた少年――――ジューダスは言葉を投げかけて。
「こいつもお前たちとそう変わらない。クリスマスについての知識は浅いぞ」
かくして過去に数々の遭難暦をおっ立てた人物が年中行事にほとんど参加できていなかった事を唯一知る少年は、深いため息と共に興味深そうに瞳を輝かせる一人の少女と童顔の女性に説明するために口を開いたのであった。

「……と言うわけだ」
と、なんとか二人……途中から質問の側に混じったと合わせて三人に説明を終えたジューダスは疲れたように息を吐きながら話し終えた。
吐いた息は白くなり、空気中に静かに消えていく。
「……素敵な日ね」
話を聞き終えた途端、クリスマスと言うものが恋人達のための日の様なものに今日変わっている事を知ったリアラは目を輝かせてカイルの腕を引っ張っていた。
ハロルドの方にいたっては、興味深い研究材料になりそうな話だったわ〜なんぞ言っている。
これはこのまま解散になりそうだな、とちらりとジューダスはそう思ったと同時に。
ハロルドがそれじゃあ各々やりたいことがあるでしょうからここで解散にしちゃいましょう、と言ってこの場で皆がハロルドの言われるがままに解散する事になった。
宿はハロルドが取ると言う事で、と。
リアラはうきうきとカイルを引っ張って。
ハロルドも足音軽く、一人宿屋に向かい。
残ったジューダスとは二人、どうしようかと悩んだ挙句結局二人揃って街を歩くという事になった。
宿に行けば一人残ったハロルドの実験の餌食にされそうなので、ただ恐くて宿にいけないだけかもしれない(過去に事例有)。
「懐かしいな、二人で歩くなんて」
行く当ても特になくただ街を歩くだけだけれど、華やかなイルミネーションや店先に飾られた様々なツリーを眺めて歩くだけでも随分と楽しい。
話の展開上、本当にたまたまそのまま二人で歩く事になって。
嬉しそうに頬を緩ませて、が口を開く。
隠される事もなく嫌な顔もせず、ただそのままの純粋な好意を――――ただ一緒に歩けて嬉しいと言った気持ちをぶつけられて嫌な思いをする訳がなく。
「……フン」
ほんの少し照れたようにそっぽを向いてジューダスは返事を返した。
そんな彼の様子をは慣れたようにくすくすと小さく笑って見つめ返す。
なんだかんだ言いつつも、そっけない態度をしつつも結局は彼は優しいのだ。
「幸せだなぁ」
ぽつりと漏れた言葉。
私にはそんな権利なんてないはずだけど。
……そう思わずにはいられなかった。
「でも、こうやってまた『クリスマス』ってイベントを体感出来るなんて思ってもみなかったかも」
寂しそうな横顔を一瞬だけ見せたの姿に驚きと困惑の表情を浮かべつつも、途端に表情を崩した彼女にジューダスはただ彼女の言葉に耳を傾ける事しか出来なかった。
明るい口調で、私ったらいつも道に迷って遭難してたからクリスマスって存在自体去年まで知らなかったのよねーと言う彼女の言葉は本当に先ほどの暗さを思わせる素振りもない。
「そのせいで結局屋敷にやって来たお前に僕がクリスマスについて色々説明しなくてはならなくなったんだ……」
いつものようにジューダスもまた口を開き、過去の出来事を思い出しては大きなため息をついた。
「……だってあんな事になったんだもん、色々聞かなくちゃならないじゃない」
そうしてもまた、困ったように笑いつつも過去を思い出して遠い目をした。



「クリスマスパーティー?」
まさか一年後自分と同じように素っ頓狂な声を上げる人物がいようとは当然思いもせず、は聞きなれない単語に首をかしげた。
いや、『パーティー』なら分かる。
ある一定の人数以上の人間が特定の場所に集まって騒いだり、食事を楽しんだり、交流を深め合ったりする華やいだイベントの事だ。
……が、『クリスマス』と言うものに聞き覚えがない。多分、何らかのイベントだということは分かるのだが。
すでに自分には自覚がかなりあるお得意の方向音痴が災いして、特定の日のイベントにはかなり疎いはここぞとばかりに分かりませんと胸を張って目の前の人間に手を上げた。
「隊長!クリスマスとは何でありますかっ!」
「誰が隊長だ!こんな阿呆な部下を持った覚えはないっ!!」
とおちゃらけたに対して、目の前の短気な客員剣士様は早くも怒鳴り声で返事を返した。
とぼけるに怒鳴るリオン、この二人のやり取りはもはや日常的なものとなってしまい、すでにヒューゴの屋敷の者は誰も心配そうにはらはらと見つめるものなどはいない。
ああまたいつものあれが始まった、と微笑ましく見つめるメイド達の先で二人はやはりいつもと同じような会話をしていた。
「えーいいじゃん。こんなカワイー部下そういないワヨ!……と言うか、私は阿呆じゃないわ、希代の天才様だよッ!」
「自分で言うか、この変態学者。とんだ思い上がりだな」
「わぁっ、普通にひどい☆坊ちゃんのイケズー」
「ここでたたっ斬ってやろうか」
「……ごめんなさい、すいません。だからシャルちゃん構えるのだけは止めて下さい。お願いします」
結局、リオンがキレてが謝り倒す。
世渡り上手に生き抜くためには妥協も必要なのよ、これ持論。そんな風にが言っていたのはいつだったか。
ともかくそんないつもの日常。
だが、この日だけは会話がここで一端途切れる事はなかった。
「……でさ、結局の所『クリスマス』って何?」
会話の直後、やはりが不思議そうに事の始めと同じく首をかしげたのである。
そんなの様子に驚いたようにリオンはそのアメジストの瞳を丸くして見つめ返すと、は照れたように笑って言う。
「いや……あの……ほら私、自他共に認められる方向音痴で……」
言っていてかなり情けない。
照れ笑いでなんとか誤魔化しつつ、言葉を続ける。
「村とか街に滞在する時間もそりゃそれなりにあったけど……こういうイベントがあるときに限って山とか森で遭難してたから……」
最終的にしどろもどろになりながら話し終えると、どこからともなく聞こえてくる笑い声。
『ぷくくく……ちゃん…方向音痴って言ってもそりゃないよ……』
「……シャルちゃんひどい」
そりゃこの歳でこれはありえないとは思うけど。
仕方ないでしょ、本当にここでイベントなーんも知らない人間がいるんだから。
リオンの腰に下がっている喋る剣……もといソーディアンシャルティエに不服そうに口を尖らせて文句を言うと、は回答を求めるようにリオンを見上げる。
すると、リオンの方は半ば呆れた表情で。
「お前、本当に知らなかったのか……」
と、しみじみと哀れそうな目で見られるものだから。
「ふーんだ、どーせなーんにも知りませんよーだ」
『あーあ、いじけちゃいましたよ坊ちゃん』
はいじけて、屋敷の絨毯の上にしゃがみこんで「の」の字を書き始める始末である。
こいつは馬鹿かと呆れたように大きくため息をつくと、リオンは目の前のを見下げて口を開く。
「クリスマス……とはストレイライズ大神殿に祭っている神の誕生を祝う祭りだったんだ。毎年12月25日に行われ、多くの民族の間にみられた太陽の再生を祝う冬至の祭りと融合したものとも言われている。聖誕祭や降誕祭とも言われているな」
そう口にして一息。
ふとの方をもう一度見直してみると、彼女は目を輝かせて初めて聞く話に真剣に聞き入っている。
こういうなんでもないような話でもこの世界独特の文化や習慣が潜んでいるものなのよ、以前そう言っていた彼女は聞き覚えのない話ならば何でも真剣に耳を傾ける。
そういった点は彼女の美点であり……また本当にどうでもいい事までに耳を傾けすぎるため、厄介な点でもあるのだが。
ともかく、は聞きなれぬクリスマスと言う課題について少しでも情報を手に入れようと一字一句逃さぬ勢いで、続き!と話しの続きを促している。
その様子に気を悪くすることもなくリオンは再度口を開いた。
「だが、最近はあまり聖誕祭と言うのを誰も意識してはいない。
いつの間にかクリスマスは恋人同士が聖夜を楽しむのイベントと言われていたり、サンタクロースと呼ばれる架空の人間が子供達にプレゼントを深夜配る日や、大騒ぎする等浮かれても良い日……そんな認識しか今はないな」
細かく説明を付けるとキリがないから気になる点は後で自分で調べておけと付け足すと、彼女は「がってん!」と言いながらにっこり笑った。
やっぱりリオンの説明は私の回りくどい説明よりずっと分かりやすいね、と。
当たり前だ、と言ってやったら、そうだね、とやっぱり彼女は笑って、他には?と聞いてくる。
「……で、だ。」
続きは、と首をかしげた少女をリオンがめったに見ることのないやたらいい笑顔で見つめて。
嫌な予感を感じたが逃げ出そうとした所を彼女の腕をがっちり掴む。
そして続いた言葉は。
「王が城でクリスマスパーティーを開催すると招待状を送ってきた。
宛先は……『銀髪の風使い様』、お前にだ」



「嫌よねー、他人の不幸は蜜の味?あの時のジューダスの顔は今でも忘れられないわー」
まだその時の事を根に持っているのか、頬を膨らませて文句を言ってくるに対してジューダスは。
「お前の城への苦手意識は凄まじかったからな。普段の飄々とした所が完全に抜け落ちる所が笑いを誘ったんだ」
とか言いやがってくれましたよ。どちくしょう。
白く、小さく、静かにハイデルベルクに積もっていく雪は白い。
それをさくさくと踏みしめて街見物を決め込んだ二人は、過去を思い出しつつ街の奥へと歩み続ける。
街の奥から聞こえてくる、静かな曲に誘われるように。



結局。
クリスマスパーティーに名指しで招待されたからには無下に断る事も出来ず。
ひらひらのふりふりの正装に着替える羽目となったは楽しげなマリアンのお人形さんとなった。
人形は人形でも、着せ替えの方の。
慣れないコルセットをして、ヒールのある靴や今まで着たこともないようなドレスや装飾品。
それから化粧。
やーめーてー……と涙ながらの叫び声は小さな室内に響き渡り。
身だしなみをバッチリ調えられ、最終的には馬車で一人城に向かった。
あの狭い空間に一人で縮こまって座る気まずい事!
城に行けば客員剣士として呼ばれて先に出て行ったリオンと合流出来るという事は知らされていたが、それでも一人で揺れる座席に座っているのは居心地が悪い思いをした。
それもこれも、全てこの長いずるずるした衣装のせい。
このままではまともに街を歩けぬ事は分かりきっていたので馬車での移動だったが、慣れないルージュや結い上げられた髪に意識が飛んでいまいち落ち着けなかった。
そもそも、不器用なは自分の髪を上手に結う事が出来ない。
いつも背中に垂れ流し状態だった髪が全部綺麗に纏められて、首がスースーしてどうにも気になっていた。
ガタン、意識を飛ばしていたが我に返ったのは馬車が止まった音を耳にしてからだった。
「……ううう…緊張する……」
いつもの覇気のある声は何処へやら。
情けない声を上げながら、は馬車の戸をそっと開ける。
……確かここにリオンがいるはず。
城の入り口の門の傍で唯一の知り合いの姿を求め、視線を動かしたところにスッと出された手。
「とりあえずここから降りろ」
この場では男性が女性をエスコートしなければならない、その暗黙のルールを自然な振舞いで実行した目の前の少年に驚いたように視線を走らせて、はぽつりと。
「……そうやってたら礼儀正しく何の問題もない美少年なのに」
幸い、リオンにその声を聞かれなかったが。
聞かれたら後でげんこつが飛んできそうなものである。
けれども、確かにこの場に立つリオンの姿は誰がどう見たって問題のない好印象の持つ少年であった。
……普段の短気ぶりが信じられないほど。
漆黒の髪と同じく、彼が着たのもまた黒色の正装。
下の白いシャツ共々崩れずきちんと着こなし、颯爽と歩いてゆくその姿は随分と慣れたもの。
アメジストの瞳は良く見れば、あまりこういう場は好きではないのか不機嫌そうに細められているけれど……まぁ、これはよく見ないと分からない。でも、その瞳の色は衣装と見事に調和していて……男にしておくにはもったいないぐらいに綺麗。本人に言ったら絶対起こるだろうけど。
方耳に揺れる金色のピアスがきらりと光を受けて光った。
意識をそこに向けると整った顔立ちが嫌でも目に入って、本当にこいつ美顔だわーなんて思ってしまった。
……負けた。
この敗北感はなんだろう。
私がこの場はエスコートしなきゃという使命感に駆られるのは何故だろう。
……それもこれもこいつが美人さんだからだ。くそぅ。
そう思えば、なぜだかさっきまでオドオドしてたくせには背筋を伸ばして胸を張って歩ける……様な気がした。
リオンの腕に乗せた腕にも自然に力が入る。
……が、会場内に入った瞬間そんな気持ちは木っ端微塵に砕け散ったが。
何故って、そりゃあ周りを颯爽と歩く紳士淑女の皆様の姿にあまりにも自分が場違いな存在に思えたからである。
オーラが違う……。



あれはもう散々だった、とぐったり項垂れるに対してジューダスはそんな彼女を目を細めて見つめていた。
一年前の彼女の姿。
あの時の彼女は、本当に見違えて。
女は化けると聞いた事があったが、衣装を変え、化粧を施すだけであそこまで変わるなんて思っても見なかったから、気が付いた時あれが彼女とは信じられなかった。
元より綺麗な髪と顔立ちをしている事は分かっていた。
だが、あの柔らかそうな銀色の髪がきちんと結い上げられ、不安そうに揺れた大きな瞳を持つ顔に薄桃色のルージュや軽く施されたファンデーションに気が付くと、どうにもいつもと違う印象しか受けられない。
薄い水色のドレスは彼女の髪と瞳の色に良く合っていて、開いている背中や腕、首もとの肌の白さに思いがけず驚いた。
ごちゃごちゃした装飾ではなく小粒の宝石の付いたネックレスが首元で光っていたが、けばけばしくはなく余り飾らない少女にはぴったりだった。
本当に口さえ開かなければまるで絵に描いたような美しさ、とあれは言うべきなのだろう。
……口さえ開かなければ。
あの後の散々な出来事を思い出したジューダスもまたと同じようにげっそりとして、それから空を見上げた。
ジー…となる街頭のランプの音が微かに鳴る。
そろそろ昼の短いこの場所は、夜を迎える頃合。
流れる曲はもう随分と近い。聞き覚えのあるその曲に、ジューダスは微かに笑みを漏らした。



とりあえず挨拶をしなければならない人には挨拶をして回り一息。
途中、何故だか知らない男の人に声をかけられたりもしたがお誘いは全部丁重にお断り。
すいません、足ガクガクするんですヨー。ドレスの中の出来事なんで分かんないでしょうけど。
緊張と動揺と混乱で、この場に立つことが精一杯。
私肝小さいんでどうかこのまま放っておいて下さい、お願いします。
途中、行かないでくれーと言ったのにリオンが私を置き去りにしてどっか行きやがりました。
何かトラブルがあったらしい。
しかし、私にとっちゃあ唯一知る人間がいなくなる事の方がよっぽど重要。
パートナーがいないと思ってか、ご親切に誘ってくれる人がやたら増えたのもそのせいだろう。
ああ、気が重い。
パーティーの途中、気が付けば広間でダンスが始まっていて静かな曲に合わせて様々な男女が踊っている。
すごいわー……と、当然踊る事も出来ない一般ピーポーのはぼんやりと壁際でジュースを一飲み。
……酒じゃないですよ。未成年ですから。
ぼんやりとそのまま時を過ごしていたが、ふと気が付けばは自分の上に影が出来ている事に気が付いた。
ちょっと大柄な、男の人のもの。
「そこの素敵なお嬢さん。貴方が壁の花でいるだなんてなんともったいない。私と是非ダンスを」
何度目だったかもう数えるのもめんどくさいので覚えていない。
ともかく、こんな感じのお誘いが一人になってからはごまんと。
「すみません。私、ダンスが踊れなくて……。待ち人もいますし、せっかくお誘い頂いたところ大変申し訳ないのですが遠慮させて下さい」
ともかく対応だけはきちんとしておかなくては、とそろそろ使い続けていた台詞を困ったように口に出す。
そうすれば、礼儀正しい相手ならば「そうですか、それは残念」と言って去って行ってくれるのである。
残念そうな相手の表情を見ると、ちょっと悪かったな……と罪悪感に駆られるものの踊れない事は事実。
下手な踊りを暴露することになるよりかはずっとマシである。
そう言い聞かせ、が男の方に顔を上げて返事を伺おうとすると。
「まあそう言わずに。踊れないならば私がエスコートして差し上げましょう。ですので、是非。丁度新しい曲が始まる所ですから」
……あれ、予想外。
えと、どうしよう。ここで食い下がられるとは思ってなかったなー……あははははー
「え……ええと、私は…その……」
そりゃあせっかくのご好意を跳ね除ける訳にはいかないけど……。
ギャアー!踊ったりなんぞ出来ないし、やれば絶対足踏む!こんなヒールのある靴でグサッと!
そんな事をしたら……ここはある程度身分が高い人が集まっているみたいだし……ひいぃヒギイ!
「ささ、始まりますよ」
にこにこと人の良い笑みを浮かべる青年にちょっと強引かも……と内心思いつつも、ダンスを断る良い理由が見つからなくておろおろしたまま助けを求めるように辺りを見渡すと。
……顔見知りの坊ちゃんが!
「あ……ああのっ!待ち人が見つかりました!私これからその待ち人とダンスするよ、予定がありましてっ!」
すみませんっ、と言ってなんとかその場から逃げるようにしては青年の腕を振り切って走り去る。
自分の言った大嘘に問題があるだなんて、気が付かずに。
呆然とした青年を置き去りにして。
「リ……リオンっ!」
慌てた様にリオンの方に駆け寄ると、彼はああ、とこれまた普通に屋敷の中で会うような対応を返したので。
不覚にも緊張とかなにやら張り詰めていたものが全部切れてしまって泣きそうになる。
ああもう、何でいつも通りの対応をするのかなぁ……。

そんなの様子にぎょっとしたように目を見開いたリオンは、彼にしては珍しく狼狽したようで落ち着かないようにこちらに視線を走らした。
慌てたようなリオンの様子に思わず安心して肩の力を抜いて歩み寄った所で、ある事を思い出した。
「ああああっ……!!私、間違ってあの人に踊るって言っちゃった……!」
そうやって、俯いていた頭を気持ちいいぐらいにぶんとふって顔を上げて。
「……こうなったらリオンっ!私と踊りましょう!」
半ばやけくそな気分だったは、自分が踊れないと言う事実をこの際忘れる事にして強引にリオンをダンスの輪に引き込んだのである。
知っている人相手だったら気が楽だし。
ヒールで踏んでも……多分問題ない………よね?
「……なっ!お前……おいっ!」
あんたあれだけ断っといてと自分で自分に文句を思いつつ、せっかくだしと開き直ってみたり。
驚いたようにひこずられているリオンににこりと微笑みかけて、一礼。ダンスの輪に入ってしまえばこっちのもの。
一度輪に入ったら踊らないと不自然だし。
「じゃ、ま……よろしく!」
そしては強引にリオンを踊りの輪に誘っておいて、彼の靴をヒールでしっかり踏みつけたのだ。



「……ろくでもない騒動だった」
過去を思い出してため息をついているのはジューダス。
その隣であはははは……と誤魔化すように笑い声を上げているのはだ。
街の通りの風景を一通り周って楽しんだ二人はそんな他愛のない会話をしていた。
それが二人の日常。
話しているだけでも幸せ。
過去の出来事を噛締めるように、目を瞑って、思い出して。
笑ったの顔は楽しそうでもあり、寂しそうでもあった。
「でもなんだかんだ言いつつも楽しかったよね……もうあんなクリスマスは二度とないと思うと余計に」
エルレインの力で強制的に蘇生させられた彼の体のタイムリミットはこの旅が終わるまで。
もう二度とあんなクリスマスが訪れないと思うと、どうしようもなく悲しかった。
「楽しかったね」
呟く声は、雪の中へと消える。
目を伏せたをただ見つめていたジューダスもまた静かに、思い出すように。
騒がしかった過去を胸に刻み込む。

そんな時だった。
流れていた音楽が大きくなったのは。

街の奥から流れてくる静かなのんびりとした、それでいて伸びやかなメロディー。
雪と光の中からずっと聞こえ続けたもの。
「……あ………これ……」
それは、かつて二人がじゃれあいつつもクリスマスパーティーで踊った時にかかっていた曲。
ふと、街の広場に視線を走らせて見れば。
「わぁ……っ!」
たくさんの街のカップルや夫婦、そして親友同士が『クリスマスダンスパーティー』と書かれたさほど大きくない布を壁に吊り下げた広場で楽しげに踊っていた。
中には、くるくると綺麗に踊るリアラにおたおたしながらステップを踏むカイルの姿も。
どの人もみんな嬉しそうな笑顔に溢れて、流れる曲と共に滑らかに足を動かしている。
「こんなイベントをやっていたとは……」
クリスマスのお祭騒ぎはこんなことまで。
驚いたようにジューダスとは顔を見合わせて。
そして、はいつものようにいい事ひらめいたと騒ぎ、ジューダスは嫌な事が起きると顔をしかめた頃合には。
「もう一回、ダンスを踊りませんか?」
少女の楽しげな声が、雪の街にひっそりと響くのだ。





07. いつかの夢は、壊れた物語の始まり。                           2006,11,24


夢を、見た。
飛び散る深紅の玉(ぎょく)と、
二度と温かさを取り戻すことのない土色の肌。
枯れることなき後悔と懺悔ばかりの
そんな、酷く悲しい夢を。



冷たい。
ふと、そんな感覚が私の頬を静かに伝った。
体の中はまるでぽこぽこと音を立てるマグマのような熱を放っているのに、頬だけがひんやりするものだから、少しだけ不愉快。
それが何故なのか知りたくて、でもゆらゆらと揺れる意識を手放すのも惜しくて。そのままの曖昧なまま、また意識は波の中でたゆたってしまう。
そんな時、そっと感じる頬への違った感触。頬のひんやりとしたものを救い上げるかのようにそれは私の頬を撫でる。
まるで壊れることを恐れるかのように慎重に。優しく。労わる様に。
それは頬の冷たさと同じようにひんやりとしていたけれど、伝わってくる冷たさは無機質なものなんかじゃなかった。ひんやりしているけどあったかい。ん…ちょっとおかしいかな。でも、そうとしか私には言えないから、それでいいんだと思う。
ひんやりとしていたそれも、段々と私の体温のせいかじんわりと温かさを伴ってゆく。その温かさがもっと欲しくて、私はそれに身じろぎをして擦り寄った。なんだかほっとする温かさだった。
「んん…」
それはさながら猫のよう。
温かさを求めて、与えられる優しさにもっと触れていたくて、私は甘える猫のように目を細めてぴったりとくっついた。
そんな私の反応に驚いたのかそれはぴくりと小さく反応したけれど、暫くするとまたゆっくりと静かに私の頬を撫でてくれた。
それがなんだか嬉しくて。
私はたゆたう意識の中、へにゃりと締まりなく笑った。

「……ぁ…」
はっとして目を開けば、すでに日はとっぷり落ちていた。
しまった、寝すぎたなぁ…なんて暢気な事を考えてから、私はもう一度窓の外を覗いた。そうして気が付く。…日が落ちてる?
「なんで日が落ちてるーーーーーー!!?」
ちょっと待った。落ち着け私。おかしいってば。
そもそも私、カイル達と一緒に行動してて、それでエルレインを追ってて、のんびりしてる場合じゃなかったよね。だって一人旅の時と状況はまるで違うんだし、今はあんまり時間ないし。それがなんでこんな時間に私が目を覚ますことに――――…
「あぎゃあああああああ」
なんだかものすごく嫌な予感。ついでに混乱。
ちょっと待った、私、ついに置いて行かれたー!!?
「いや、ちょっと待って冷静になろう。私はカイルみたいに寝起きは悪くない。ついでにカイルほどの(寝起きが悪すぎる)大物を起こすのに私だけ放置プレイなんてありえないから。…ああ、でもなんで私こんな時間に――…」
「…起きて早々何を勘違いしてるのか知らんが、僕たちはいるぞ」
ぶつぶつと念仏のように言葉を唱え続けた私に、一喝。混乱していた私とまるで対照的に、落ち着いた様子でドアから漆黒の髪の少年が現れる。
「……エミリオ?」
彼に私は声をかけて、なんだかいつもと様子が違うことに気が付いた。
伊達にずっと傍にいたわけじゃない。いつもと同じように振舞っているようだが、私が些細な変化を見逃すわけなかった。
「どうしたの?」
ずっとずっと追いかけ続けた人だから。
だから、彼が沈んでいたら力になりたいと思う。背中を預けて共に生きていたいと願う。それが私を選んでくれた彼に対する、ささやかな祈り。
「気分でも悪いの?大丈夫?」
「……」
つかつか、と言葉なくエミリオが私に歩み寄った。
その顔はさっきまでの陰りのあるものじゃなくて―――あれ?…お、怒ってる?
「え?あの?…ちょっと?ええーと、なんで怒ってるのかなぁ?」
怒られる原因がさっぱり分からない私は、頭に疑問符をいくつも浮かべながら両手を伸ばして、わけのわからないままに弁解を始める。まったくもって情けないことこの上ないけど、長年彼に突っ込まれ続ければ皆こうなるさ。うん。怒ったら怖いんだよおぉ…。
ダンッと鋭い音がした。
音に驚いた私が閉じた瞼を開けば、見えたのはエミリオの端麗な顔立ちがすぐ傍にあった。突然のことに呆然としながらも、段々と状況を理解して、じわじわと体中が赤く染まってゆくのが分かる。この男は自分の容姿を分かっているのだろうか。文句の一つでも言ってやりたいところだが、ベッドから起こした体を壁に縫い付けられ、今にも体が密着しそうな状況で文句を言うほどの勇気はにはなかった。ただ、口をぱくぱくとさせて酸欠の金魚のように喘ぐのみだ。
耳たぶに、エミリオの息がかかってむず痒い。こういうのがぞくぞくするということなんだろうか。どんどん体の力が抜けていくのが分かる。
か…勘弁…!!私が何をしたって言うのさーーーー!
唯一の救いは彼が仮面をかぶっているということ。そのおかげで、顔と顔はある程度の距離は保てる。それでも私は慣れないこの状況に真っ赤になって、だんまりを決め込むしかなかった。
「それはこっちの台詞だ。―――…もう僕をヒヤヒヤさせないでくれ」
そう言ったエミリオの表情は、いつものポーカーフェイスなんかじゃなくて……酷く辛そうに顔を歪めていて。
ああ、反則だ、と思う。そんな顔をされたら、私は一体どうすればいいのだろう。
俯き加減に落とされた視界の中で、所々に見えた白いもの。
どんなに訓練しても、筋肉があまりつかなかった痩せっぽちな腕や腹に巻かれた包帯が、全てを物語っていた。
「…僕を庇うだなんて無茶はするな。…頼む」
そうだった。
戦闘中、エミリオの死角から現れたモンスターに気が付いた私は、彼を庇ってモンスターの攻撃を受けて、それで――…
「ばか」
後悔ばかりを映し出すアメジストの瞳を真正面から見据えて、私はそう言ってやった。
「もう、あなたのために無茶なんて数え切れないくらいやってる。今更無理よ」
もう二度と、あんな光景なんて見たくない。
それは私のエゴだと分かっているのだけど、あの夢の続きはもう見たくないと切に願う。
優しく撫でてくれる指先がある現実(いま)の方を大事にしたいから。
だから咄嗟に体が動いてしまったのかもしれない。
「あなたが…好き…だから…えっと……だから、守られるだけの存在だなんて絶対嫌ってこと。あなたの背中は私が守る。だから、今度こそ一緒に戦ってほしいの。私の背中はエミリオに預けるから」
恥ずかしいから好きって言葉はなかなか言えないんだけど、これが私の言いたいこと。
ずっと追いつけなかった背中。今度こそ、共に歩いていきたいから。
「……ね?」
カラン、と乾いた音が部屋に響いた。
伸ばされた腕が、小さな体を引き寄せる。
じわりと広がってゆく、熱。
それは体の奥底からじわりじわりと染み出してきて、焦がしてゆく。
「…馬鹿者が」
「久しぶりに言われたよ、その言葉」
白いベッドの上で、漆黒と白銀の髪が交じり合う。
啄ばむ様に重ねられていた唇からは、次第に熱い吐息が零れ落ちる。

なんだか泣いてしまいたかった。
この広い世界で、再び彼に出会えた運命に感謝した。
例え、それが限りのある時であったとしても、
は幸せだった。





08. 一日メイド物語                                       2006,11,25


「おはようございます、ご主人様ー♪」
朝起きてみれば、そこには奇妙な生命体がいた。
とりあえず、無視して二度寝を決め込もうかと思う。しかし、今日はどうしてもどうしてもはずせない会議があったことを思い出して、僕はしぶしぶと口を開いた。
「…なんだ、それは」
するとヤツは待ってましたと言わんばかりの輝いた瞳で、溌剌とそう返事を返した。
「一日メイドさんっ!」
……とりあえず、朝っぱらだというのに頭が痛かった。

この破天荒な行動ばかりを引き起こし、そこらかしこにトラブルを巻き起こす女の名はと言った。この前置きの後に続けると僕まで変人扱いされそうなので大変不本意なのだが、一応僕の交際相手となっている。…はあ。彼女のどこに惹かれたかとは聞くな。僕も度々後悔はしているんだ。
「さあ起きた起きたですよー、ご主人様ぁ☆」
「勝手に僕のベッドに乗るな、触るな、近づくな。しかもなんだそのご主人様とは。お前が変なのは今に始まったことではないが、ついに頭でも沸いたか?」
「メイドが雇い主に言う台詞の定番はこれでしょー!どう?萌を感じるかいっ」
「全く」
「…言うと思った」
「で、お前はなんでこんなことをしているんだ。この阿呆娘」
「ぶー、さすがにそれは言いすぎー!ちゃんと事情はあるんだからっ」
白いレースがはためく。白と黒を基準にしたクラシカルな衣装の裾をふくれっ面になっては摘んだ。
どこからどう見ても、今の彼女の姿は屋敷のメイド達が身に纏っているものそっくりそのまま――…つまりはメイドだ。何故、どうして朝っぱらからこんな阿呆な事態に巻き込まれなければならないのか。
「…ほう。とにかく言ってみろ。大したことではなかったらシャルの錆びにしてやるがな」
『まかせて、坊ちゃん!』
「ひっ…ひどっ!!」
とりあえず、いつものようにばっさり切る。
彼女の奇怪な行動を止めるには、これがやはり一番効果的だ。
「今日キャシーさんが熱出してお休みしたから、私が代わりに一日メイドをやることになりました。はい以上っ!」
…あまり効果的ではないのかもしれない。
過程を省きすぎて、なぜ彼女がそこでメイドになったのかという動機がさっぱり分からないが、とりあえずいつもの悪ふざけだろうということは容易に想像が付いた。
余談ではあるが、キャシーさんはこの屋敷の中でも特に古株のメイド(4×歳 ♀)。
、悪ふざけも大概にしておけ。そもそもお前は掃除、洗濯、食事作り…ともかく家事という名のつくものはことごとく出来ないじゃないか。マリアンに迷惑がかかる。いつも通り怪しげな研究でもしてろ」
「怪しくないやい!」
『突っ込むところが違うよ、ちゃん…』
またもや頬を膨らませたが口を尖らせて文句を言う。だが、文句を言う所がおかしいのはすでにシャルが指摘した通りだ。
「でも確かに私が家事全般が苦手なのは今更のことだけどねっ!」
「分かってるならやるな!」
「一度はやってみたかった!」
「勝手にやってろ!!」





09. あまやどり                                          2006,11,26


「……止まないな、雨」
ぽたりと音を立てる雫と一緒になって、言葉もまた大地に染み込み、消えてゆく。
小さな温もりをこの腕に掻き抱きながら、言葉と反意する思いを僕は抱く。
願うことならば、この温もりにもう少しだけ触れていたかった。

じゃあ行ってくるよ、とあまりにも何気なく彼女が言ったものだったから、すっかり忘れていた。
ここ暫くは皆で行動することが多かったからだろうか。ともかく、僕達はの『方向音痴』という特別なアビリティをすっかり忘れて彼女を買い物に行かせてしまったわけだ。の方も、自分の欠陥能力をすっかり忘れていたようで、文句の一つも言わず買いに出たのだから始末に終えない。
結局手綱をつなぎ忘れた責任を、皆が揃いも揃って僕に押し付けて、現在に至る。
「…まったく、あのバカは…」
しかも先ほどまで確かに晴れ間が覗いていたはずなのに、一転。まるで狙ったようとしか思えない。
土砂降りと言っても差し支えの無い、大粒の雫が空からぼたぼたと降り注ぎ始めたのだ。
丁度街の奥にある公園に差し掛かったところで雨に降られたものだから、傘を持っていない僕は適当にそこら辺にあった木の下で雨宿りをすることにしていた。
どうせ、夕立だろう。この土砂降りも少し経てば、止む。

水の玉が降り注ぐ音を、ぼんやりとしながら耳にする。
こんな時間に公園に行こうだと思う酔狂はどうやらいなかったらしく、誰もいない木の下は静かなものだ。
閑散とした公園をぼんやり見ながら、ここにははいなかったなと思う。あいつは本当にどこにでもふらふら行ってしまうからな。いつエンカウントするのかさっぱり分からない。だが、さすがにこんな所にまで行く馬鹿ではなかったようだ。
ふと、視界の端で何かが動いた。
訂正、馬鹿発見。
銀色の髪を持った彼女が、頭のてっぺんから足の先までべしょべしょに濡れきって公園の中に今まさに入ってきたところだった。
しかし、まだ僕には気が付いていないようだ。
きょろきょろと辺りを見渡して、がっくりと項垂れている。もはや濡れることに関しては諦めているらしい。すでに十分濡れ鼠だったから。
ならばが項垂れている原因は、どうせ道に迷ったとかそんなところだろう。あまりにも分かり易すぎて空しい。
「おい、
伏せられた頭が持ち上げられる。
どうやら声をかけられて、やっと気が付いたらしい。いつもの琥珀の瞳がこちらを向いた。
「エミリオっ!」
向けられる表情がぱっと明るくなった。どうやら相当苦労したようだ。
縋るようなの瞳が、こちらを追いかけてきた。
「…やはり迷ったな」
「うわ〜ん、エミリオだよぉ、やっとまともに買い物できるよぉーばかぁ」
「自分が方向音痴だということを忘れて買い物に一人で行く方がよっぽど馬鹿だと思うが」
「馬鹿じゃないもの!一人でいけると思ったんだもん!」
「ほほう、僕は帰るか」
「…この雨の中?私はもうしっかりばっちり濡れてるからいいものの」
目をぱちくりさせたが、珍しく正論を言った。
さすがに先ほどのは失言としか言えない。この土砂降りの中、傘もささずに帰るのは愚行だろう。
「……」
結局、返す言葉は沈黙となる。
するとは珍しく僕に勝ったことににんまりしたのか、執拗に先ほどの話題を引っ張ってきた。
「ふふーん、坊ちゃん帰るの?こんなに雨降ってるのに?濡れ鼠になっちゃうよ〜」
「濡れ鼠はお前だろうが」
「あっはっは」
僕の隣まで来たが楽しそうに近寄ってくる。
「やめろ、近づくな。僕まで濡れる」
「酷いよ!彼女に対してそこまで言うー!?」
「僕は言う」
「わーん!!」
そう言って大げさなリアクションをとったの姿を見て、僕は気が付いた。
あまりのことに、頭の中が一瞬何も考えられない状態になり――…それから一気に体が火照ったことを自覚した。
「――…ッ!近づくな!」
「……え?」
思わず飛び出したのは、拒絶の声。
その声の切羽詰った様子に、さすがのも困惑げに声を上げた。しまった、これじゃああいつがまたよけいな勘違いをするじゃないか。
「え…あ…、ど…どうしたの…?」
先ほどまでのふざけた雰囲気を消し去って、不安げに揺れる瞳。
持ち上げた腕を下ろし、ズボンの裾がぎゅっと握られている。ぽたりと雫が滴り落ちた。
「………っ」
だが、これをどう言ったらよいのだろうか。ものすごく言いにくいというか……。
「ねぇ?…どうしたの…?」
そう言って前かがみになったを見て、僕はもう我慢の限界だった。
「――ッ…馬鹿!」
ばさりと着ていたマントを脱ぎ、の小さな体を強引にそれで包み込んだ。
瞬間、視界が漆黒に覆われる。これでとりあえずは一安心だ。
「???」
の方は訳が分からないといった様子で、黒いマントの中から顔を出しながら疑問符を浮かべるばかりだった。
そんな彼女に向かって、僕はしぶしぶ口を開いた。あまり言いたくないことだが、ここまで無防備だとさすがに困る。
「……透けていたんだ」
「は?」
「だから、おまえの……服が」
「ええっ!!?」
昨晩からこの街に滞在しており、今日は休息日と決めていた。そのため、はとてもラフな格好をしていたのだ。真っ白なシャツ――…それは気まぐれな土砂降りのせいでぴったりと肌に張り付き、のしなやかな肉体を浮かび上がらせ、さらには下着まで完全に映し出していた。
特にさきほどの前かがみはまずかった。
透けて見える白い素肌を覆う、薄桃色のブラジャーがまるで強調されるかのように押し出されていたのだから。
元からは綺麗な少女だった。しかし、こうしてよく見てみれば、頬に張り付いた髪の毛や、水を含んでしっとりと光る睫。シャツから透けて見える細い体の線、そして意外にもボリュームのある胸元など、立ち上る色気が扇情的だ。水の雫を浴びただけでこうも印象が変わるとはどういうことなのだろう。
思わず赤い頬でを見れば、彼女も真っ赤になってマントで体を抱くように包み込んでいた。どうやら、自身の目で状態を確認したらしい。
「………見た?」
「……」
返事は返せない。
見たから、言ったのだ。見ていないわけがない。
頭の中で、先ほどの映像が鮮やかに蘇る。
塗れた体。白い肌。柔らかそうな唇。
意識してしまってしょうがない。体が無性に熱いのは、間違いなくが原因だ。
あの体を抱きしめると、とても小さくて、でも心地よすぎるくらいにあたたかだということを僕はすでに知ってしまっている。あの髪を一房つまむと、まるで絹を触るような手触りだと言うことも。肌がとても柔らかで、どこに触れても心地良いことを。
じわじわと体の中を伸縮していく熱が、僕の体を焦がしてゆく。
あれが欲しいのだと。手を伸ばしてめちゃくちゃにしてやりたいという欲求が、どこからか現れ、体を支配していく。
でも、そんなことは消してしない。
本能がそう命じても理性で封じ込めてやる。彼女が望んでもいないのに、そんな乱暴なことなんてするわけがない。やろうとだって思わない。
……愛おしいと同時に、彼女は世界で一番大切な存在になっているのだから。
「…クシュン!」
まるで僕の思考を遮断するかのように、音が辺りに響く。
はっとして、我に返る。
見れば、音の発信源はすぐ近くにいた。
単純明快、原因は隣の彼女だ。
がかちかちと歯を鳴らしながら、マントをぎゅっと握り締め、小さく震えていた。
「……寒いのか」
「うん。ちょこっとだけ」
ちょこっとだけなはずでないのは今さらな話だった。
は頭のてっぺんから足先までしっかりと濡れてしまっている。どのくらいの時間雨に打たれていたのかは知らないが、おそらく結構な時間打たれていたのだろう。先ほどまでは道に迷ったというパニックで気が付いていなかったようだが、一息つけた今になって全身が凍えるように冷え込んだことに気が付いたらしい。
僕がマントを貸してはいるが、あの一枚で冷え切った体が温まるわけではない。僕のマントが発熱するわけでもないのだから。
かちかちと音がした。
どうやらは無自覚のようらしいが、歯と歯が音を立てている。あれは相当寒いのだろうと思った。
「……こっちにこい」
「…え…?」
いつもは図々しいくせに、肝心なところでは臆病だ。
僕はこれ見よがしにため息をついて彼女を引き寄せる。他意はない。――…多分。
「…ん、あったかぁい…」
小さな体は想像通り、僕の体の中に納まった。
初めは驚いたように体をびくりとさせていただったが、すぐに慣れてふにゃりと締りのない表情をしている。もう少し、危機感は持って欲しいが。
抱きしめたマント越しの体は冷え切っていたけれど、でもどこかあたたかくて。
「……止まないな、雨」
ぽたりと音を立てる雫と一緒になって、言葉もまた大地に染み込み、消えてゆく。
小さな温もりをこの腕に掻き抱きながら、言葉と反意する思いを僕は抱く。

願うことならば、この温もりをずっと抱きしめていたかった。





10. 自己紹介                                            2010,11,06


はじめまして。
ええと、自己紹介したらいいのかな?私はって言います。
好きなものは紅茶かな。ちなみに食べ物で苦手なのはなすびです。ぶにょぶにょした食感がどうにも苦手で……料理も下手くそだったり。あ、あと地図見るのも苦手だ。場所分かんない。
……ごめんね、苦手なこと多いみたい。
あっ、でも好きな物だっていっぱいあるんだからね。紅茶だけじゃないよ。
例えば見上げた時にさーっと広がっている青空が好き。そうして地面を見下ろしてみたら、シロツメグサとかが一生懸命生きているのが見えたりするよ。ぴかぴか朝露を受けて光ってたりするのを見ると、何だか元気を貰った気がするの。そんな何気ない日常の中にあるひとつひとつのことが大切なんだって、最近ようやく分かったから。

あっ、遅れちゃったね。私は一応テイルズオブディスティニーの名前変換小説の主人公をやってます。
いっぱい不幸な目に遭わされます。可愛い子には旅をさせろという書き手の意向らしいんだけど、いくらなんでも酷すぎると色んなところで言われるみたい。
幸運値が最低らしいので、ちょっと優しくしてくれると嬉しいかな。
ごめんね、こんなのばっかりだね。
本当はもっと楽しいこと、いっぱい喋りたいのになぁ。あんまり話しすぎるとたくさんになるからこの辺りにするね。
こんな人だけど、仲良くさせて貰えるととっても嬉しい。
よろしくね。





2010/11/8 加筆修正