「…………」
「……え、ええと……」
「なーにしけた面してるんだよ、姉さ〜ん。盛り上がっていこうぜ!」
「別に。そういう気分じゃないだけよ」
「あ、あの……レクシア」
「………なあに?」
「んと、その……なんか、ごめん」
「何に謝られているのか分からないわ。もしわたしたちを消して蘇ったことを気にしているのなら、二度とそんなこと口にするな。謝れるなんて願い下げだわ」
「う、うん」
「まーまー、レクシアもそのくらいにしようよ」
「……そうだ。自分らは全員で一つの存在。諍っても仕方あるまい」
ちゃぶ台を囲んで左から順番にリブ、リトル、フィクション、レクシア、クラッシュと各々足を伸ばしたり、正座をしたり、はたまた身を縮ませたりして座っている。
早速一方的に険悪になったリブとレクシアの間に入った三人の言葉でようやく場は治められて、クラッシュは咳払いをした。
「よっしゃ!じゃあ始めるぜ!」
テンションを上げるかのごとく、クラッシュは十分響き渡る声をさらに大きくして宣言する。
「脳内会議的アンケート御礼話ッ!!」
「……本当にそのまんまね」
「そんなつれないこと言うなよぅ」
早速入った茶々にクラッシュが唇を尖らせたのは言うまでもない。






























脳内会議的御礼話

Tales of destiny and 2 dream
“can't lose my feelings” spinout novel






「今回のアンケートは、お客さんの年齢層、それから俺たちの正体をどの程度予測できたていたのか、一番好きな話は何か、それから自由コメントの欄を用意していたんだぜ」
「で、そのアンケートに答えてくれた人にはリブとジューダスのやたら甘ったるい小説が用意されていたと」
「……あ…その……うん」
「はいそこ姉さん威嚇しない。いやー女のジェラシー怖いぜ」
「うっさい馬鹿クラッシュ」
「姉さん口悪い。最初の頃はもっと上品でおしとやかだったのに……」
「単にクラッシュの言い方が悪いだけだと思うよ。もっと言葉を選びなよ」
「なんだよーチビ助ー」
「そういうところがクラッシュが孤立無援になる所以だよねぇ」
「俺は俺のやりたいように生きるんだぜ!」
アイアムフリーダム!とかよく分からないことを叫び始めたクラッシュに、リトルが呆れたように溜息を放つ。
「それで。今回のアンケートはどうだったのさ」
「そうっ!それだぜ!俺が求めていたのはそういう相槌だったんだぜ!」
「ハイハイ悪うございました。で、どんなだったのよ」
続くのはレクシア。
パーティの前で、ましてやジューダスの前では絶対出さないようなぞんざいな態度だ。そんなレクシアの分かりやすい対応に、クラッシュは面白そうに両手を叩く。
「グー!グーだぜ!さて、アンケートの蓋を開いてみたらビックリ。まさかまさかの……」
「自分たちに関する話題が多かったのか」
「フィクションー!!おまえっ、一番影薄いクセに肝心の台詞を持っていくなよ!!!」
「まあまあどうどう」
「リブもリブだ!主人公なら主人公らしくビシッと決めやがれ!」
「びしっ」
「言っちゃらめえ!」
きゃらきゃら笑いながらクラッシュは叫ぶ。
相変わらず楽しんでいるのか怒っているのかよく分からない曖昧さはクラッシュらしいというか何と言うべきなのか。両手足を激しく動かして自己主張するクラッシュの姿にリ片や呆れ、片や相変わらずの無表情でリトルとフィクションは言葉を交わした。
「開始早々グダグダだねぇ」
「本当だな」
「で、結局どうだったのかさっさと言ったらどうだい?」
全ての人格の中で最高齢であるリトルの言葉とフィクションの同意で、ようやく騒がしかった辺りに静寂が訪れる。主にクラッシュが黙っただけであったが。
そうしてようやく読み上げられる結果の一つ一つに皆が耳を傾け始めたところで、またもや騒ぎの元凶が叫び出した。
「どいつもこいつもリブの幸せを願いやがって!!」
「クラッシュ、君、誰が宿主なのか本気で分かってないようだねぇ」
「あっ、すみません。リトルお姉さま。本気で怒らないでくれよ。冗談なんだぜ」
元は同一の存在から生まれたにしてはあまりにも我の強すぎる魂たちに話はちっとも収拾の目処が立たない。
「別にいいことじゃない。これまで不幸続きだったんだからリブには幸福になる権利があるわ」
「……レクシア」
「だからと言って貴方を許したわけじゃないから。きっと一生わたしは貴方の事なんて大嫌いよ」
「……うん」
「おおーっとここでツンデレと見せかけてさらにツンツンモードを畳みかけるレクシア姉さん!」
「あんたはもういい加減黙りなさいよ」
「俺からトークを奪ったら、後は格好良さと剣の腕と高い知能しか残らないぜ」
「うわぁ……」
「ハハハ、素晴らしいドン引きをありがとう、チビ。しかし俺が格好いいことには違いないぜ」
「全員リブなのに何言ってんだか」
「チッチッチ。残念ながらここは脳内世界。好きなビジュアルを形作れるだけあって、キッチリ俺も男の体を手に入れているんだな」
女性の体の時でさえも自重することをしなかったこのクラッシュは、ここへきて水を得た魚のように身振り手振りを使って動きまくる。
「さあ、見ろ俺のビジュアル!本編では三つ編みくらいしか描写のなかった俺!」





「……あんた一体いつの間にビジュアル外注してんの。どう見ても作者が書くより格好いいじゃないの」
「はっはっはっは!」
「しかもこれ、頼んだはいいものの掲載するのは事後承諾する気満々だよね」
「はっはっはっは!」
「自分らはビジュアルを振り分けられてすらいないのに。なんたる贔屓だ」
「フィクションの場合は直前で設定を振り分けられたからでしょう、それは」
「全員ポックリ逝くから出ざるを得なかったのだ」
「うわー、知りたくなんてなかったそんな事実」
嫌そうな顔をするリトルのことなんざ知ったこっちゃないと言わんばかりの上機嫌でクラッシュは声を上げる。
「いいだろういいだろう。何せ俺はリブの中で唯一の男の人格だからな」
「自分は中性の位置にいるが」
「そういう両刃使いはカウントしないんだぜ」
「暗にオカマと言われているわよ、フィクション」
「……否定はしない」
「そこは否定しようよ!!」
慌てたように叫ぶリブにフィクションの方は至っていつも通りだ。その辺りの感性は、本体のそれとは随分ずれたところにあるらしい。
「それはそうと、アンケート内容に移るのではなかったのか。いつの間にか物語の小ネタ集になっている」
「それはそれで面白そうだけどね」
年齢不相応な笑みを浮かべるリトルに、疲れたようにため息を吐いているのはリブだった。普段一人で行動することが多い彼女からしてみると、こんなにも大所帯で喋るのは些か疲れるのだろう。
何より、面識のあるクラッシュやリトルはともかくとして、レクシア、フィクションというあくの強い二人とはほとんど初対面同然である。
「せっかくだからこの機会に小ネタ集でもやってみてもいいかもね。例えばわたしたちの正体とか」
「あー、そう言えば今更だけど、具体的にどっから産まれてきたのか言ってなかったよねぇ」
「イチゴ畑でポコポコ量産されたわけじゃないのよ」
「そりゃ分かってるぜ。ていうか勘のいい人は大体分かってるんじゃないか?」
「まあまあ。それはそれ、これはこれ」
くすりと妖艶に微笑んだレクシアが、今度は口火を切った。
「じゃあまずはわたし。反射を意味するリフレクションから文字って『レクシア』よ。気に入らないんだけど、リブの『マリアンになりたい』という願望が人の形に成ったのがわたし。まあ、最終的に成り損ないになっちゃったけどね」
「レクシア……」
「さあ、次はわたしたちの姉さんに紹介してもらいましょうか」
レクシアが顔を向けると、まるで最初から示し合わせていたかのようにリトルが顔を上げる。
「……わたしね。名前はないんだけど、とりあえず『リトル』と名乗っているよ。姿通りリブの幼少を象った存在だね。物語の第一章あたりでリブがやたらおかあさんおかあさん連呼しているでしょ?子供の時のトラウマが元々リブの精神を不安定にしていて、時々幼児返りをしていたんだよね。そういうリブの幼い部分から産まれたのがわたしなんだよ」
「そのクセ割にはこの中で一番落ち着いているように見えるけどな」
「だってこの中では私が一番早い段階から片鱗を見せていた人格よ?そりゃ、時間とともに成熟するよ」
「ロリ腹黒か……」
「違う。まあ、そういうわけだから私がポックリ逝った後はあんまりリブはおかあさんのことは言わなくなったわね」
「そうだったけ。……自分ではあんまりよく分かんないよ」
「劇的に減ってるわよ。代わりにエミリオの単語数が異常に増えたけど」
「あ。それは自覚ある」
「本質は全然変わってねーぜ」
やれやれといったようにクラッシュが肩をすくめる。
「順番的に言うと最初の人格は私だけど、ほぼ同時期に生まれたのはフィクションなのよね」
「え、一番最後に思いついたって言われてるのに発生時期は早いんだ」
「……元々多重人格は解離性障害の一つに分類される。幼少のトラウマという下地を元にミクトランの虐待でストレスを膨張させたリブは、やがて無感覚状態に陥る。心身の防御機制としての解離だな。そうして最終的に外傷を受ける肉を、俯瞰した立場から見下ろすようになったのが自分なのだ」
フィクションという名前は想像による創作を意味する。つまり自身が虚構であるということを自覚したその瞬間に、自分は生まれたのだとフィクションは締めくくった。
「難しいことは俺分かんねーぜ!」
「あんたはそれでいいのよ」
「それは自分もそう思う」
「ま、そういうこった」
カッカッカとクラッシュは楽しそうに笑う。
邪気のないその顔に、暗くなった場の雰囲気が少しだけ明るくなったような気がした。
「次は俺だな。オカマくんが生まれた後、アイツのためにミクトランの命令を守ることになったリブの良心の呵責を振り切って、バッタバッタと敵を薙ぎ倒した正義のヒーローが俺だな!」
「どう考えても悪の化身でしょうが」
「えー」
口を尖らせてもまったく可愛げのないいい体格をしたクラッシュに間髪いれず、レクシアが鋭いツッコミを入れる。
「でも、あのままいけば確実にリブは潰れてたぜ。だったら、そういうこと考えずに楽しく殺れる俺の存在って貴重じゃね?……まあ、生まれたての頃は若干オイタが過ぎた気がしなくもないが」
「それから考えると今のクラッシュは落ち着いたよねぇ」
「詳しく知らないけど、異様に剣だけは巧いのはその辺りからなの?」
「まあ、そういうことだな」
そこまでいって興味が別の事に移ったのか、クラッシュはへらりと笑ってリブに次の言葉を促した。
「次はリブの番だぜ」
「私は別に今さら……」
「わたしたちが消えた後、どんな風に気持ちの持ち方が変わったのか知りたいよ。だって本編ではもうわたしたちはリブと会えないから」
「そうだな」
「……消されちゃったからね」
優しく諭すようにリトルは告げ、まるでいつもの会話のようにクラッシュが同意をし、レクシアは少し辛そうに締めくくった。そういう言葉を受けて、リブが平然としていられるわけがない。
不意打ちな自分たちの言葉になんとはなしに泣きそうになって、それからぐっと目を開くと、リブは言葉を続けた。
「そうだね。……私は、ようやく今まであった色んな事を受け止めれるようになったよ」
ああやってリブは手のひらを胸の前で握りしめた。
「私は私一人の命だと思ってた。無責任な事をしても、自分の命だから構わないと思った。……でも、本当は違ったんだね。もう私だけの命なんかじゃない」
リトルを、フィクションを、クラッシュを、レクシアを見る。
そうしてリブは言った。
「私は私一人でないことを知ったから。エミリオやロイやミシェルや、スタンたち。本当にたくさんの人に助けて貰ったからここにいられるということをちゃんと受け止めたいと思うよ」
「ほらまたなんかいいことと言おうとする」
「あんたほんと人の言葉台無しにする天才ね」
「そう褒められても!」
「褒めてない!」
言葉を締めくくったと同時に茶々を入れるクラッシュに、レクシアが拳骨を落とす。そうしてはっとしたようにリブを見返すと、瞳を釣り上げてそっぽを向いた。
「年齢設定的には一番成熟しているはずなんだけどねぇ」
「リブ相手には違うのだろう。それがレクシアがレクシアでいられた所以だ」
「ちょっと勝手に分析しないでくれる!?」
「どうどう姉さん」
「あんたに言われたくないー!!」
ぜえはあ息を荒げるレクシアを困惑したようにリブは見ながら、彼女の呼吸が整うのを待って言葉を告げた。
「話をアンケートに戻すけど。……本当にレクシアは色んな人に大切に思われていたみたいなんだよ。一番印象に残った話で多かったのが、レクシア関連の話だったんだから」
「え、リブがエミリオとくっつく辺りじゃないのかよ?」
「その辺りも多かったみたいだけど、それと同じくらいレクシアには票が入っていたそうだ。ノイシュッタットの話や、マリアンになりたかった想いの塊だと気が付いたシーン、それからジューダスへの告白の辺りもそうだな」
「おー、すごーい。レクシア健闘じゃん」
「……比較対象がリブとジューダスがくっつく話なんて泣けてくるんだけど……」
「どうどう姉さん」
「だからあんたはー!!」
「レクシアはまだいい。自分は話題にも上らなかった」
「話題に出た人を一番多かった順に並べると、リブ、レクシア、クラッシュ>>>(越えられない壁)リトル>>(話題にすら出ない)フィクションだそうな」
「まあ自分は傍観者故、仕方のないことかもしれないが」
「フィクション、いつでもいい子いい子してあげるよ」
「気持ちには感謝しよう、リトル。しかし自分は大丈夫だ」
「第一部のロイ近辺に焦点を当てた話でさえも話題に上ったのになー」
「クラッシュ!あんた本気で黙ってなさい!」
「痛い!痛いぜ!姉さん!」
「……なんだかんだでクラッシュとレクシアもいいコンビなのよね。いっそくっついちゃえば?」
リトルがぼそりと言った言葉にレクシアは過剰に反応し、クラッシュはカラカラと大きな笑い声を上げた。
どうせ一つの人格なのだからとはここでは誰も言わない。それはこの場においてなんの意味もないことだということを、誰もが知っていたからだ。
「全体的に、アンケートに協力してくれた方はリブの幸せを願っていた。そしてそれは、自分らの願いと同じ」
ああやって、締めくくりとしてフィクションが口を開いた。
「……うん、そうだね。わたしやクラッシュ、レクシアにフィクション。全員の想いを受け取って生きることを選んでくれたリブには、心から幸福が訪れることを祈るよ」
「……そうね。あなたのことは気に入らないのは違いないけど、本当に不器用すぎよ。これからはもうちょっとマシな生き方しなさいよね」
「姉さんは素直じゃないなぁ。まあ、俺も同じさ。リブ、今度こそ掴んだ幸せを離すなよ」
フィクション、リトル、レクシア、クラッシュと続いた言葉に、リブが瞳を丸くして全員を見渡す。
リブへの幸福を願うその言葉に返事を返そうと、彼女が口を開こうとしたその時――――まるで陽炎のように、全ての景色が揺らいで、そうして消えていった。
「…………あ」
白。
瞳を開けると同時に、リブの瞳の奥に白い光が飛び込んできた。
「………ゆ、め………?」
そうして体を起したリブは、今までの出来事が全て夢の中のものであったことを知る。
そして、それが夢の中の出来事だけではなかったと言う事も。
「………ありがとう」
微かに囁いた言葉は、もう誰にも届かない。だってここには自分ひとりしかいないのだから。
それでもリブは感謝の言葉を口にせざるを得なかった。
――――ここは千年前の雪の中の世界。
この世界で、私は残された時間を精一杯に生きることを決めた。時折贖罪に潰れそうになる自分でさえも、幸せに生きるための権利を与えてもらった。
ああ、それはどれほど幸福なことなのだろう。
いなくなってもなお、彼女らはリブの胸の中で生き続けている。例え虚構なのだとしても、時折夢の中に現れて挫けそうな自分を励ましてくれる。
「うん。……がんばるよ」
クヨクヨなんてしていられない。そう呟いて、リブはベッドから身を起す。
カーテンを開けると相変わらずの雪だったけれども、本当に少しだけ、朝の光を感じたような気がした。



END



10.12.25執筆
10.12.26UP